大学生に、社会経験と称してアルバイトを推奨する大人たちは、意識的であれ、無意識的であれ、若者を自分たちと同じような資本の奴隷として共同体に取り込もうとする操られ人形なのだ。人間は労働環境(職場)と学習環境(会社の実質的な管下にある大学)を通じて、能力(学力と労働能力つまり生産性)を管理されているのであり、大小の組織は、日本的共同体と、それを外部からコントロールする外資のための経済的部分集合にすぎない。