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曜
どういうことかと言いますと、まず、政治的手法を抜いて考えますと、総理の妻という私人を持ち出し、政治家の苦難を語ることで、夫を支えてきた経験の強い中高年の既婚者は共感しやすいものとなります。すると、
「大変だったんだね」
「苦労してたんだなぁ」
「それでも思い合っていて、いい夫婦」
なんて声がありえそうですね。
ですが、当然のことながら、「政治家の政治的問題は、政治で語るべきもの」のはずです。これは世間でも、「仕事の話は仕事ぶりで語るべきもの」のはずであることと同義ですね。
にも関わらず、今回のNスペは「仕事」の話を明らかに「人」の話にすり替えている。これは、いわゆる【論理のすり替え】と言われるものです。
そもそも妻たちの立場は、たとえ政治的立場に法的根拠がなかろうとも、それらによる利益を受け取れる立場にあると言えるでしょう。
また、限定的ですが、政治的影響力を有しているということはデファクトスタンダードとなっています。というか、そうでなければ取材をする価値などありません。
さらには、妻たちは夫である元首相たちを担保することによって、自身の既得権益や名声が担保されることは想像に難くありません。
つまりは、妻たちは元首相たちにとっては政争を共に戦ってきた戦友であり、持ちつ持たれつの共存共栄の関係にあるわけで、それを一介の私人かのように語ることは、デファクトスタンダードではなく、放棄上の事実でしかないということです。
番組では、彼女たちならではの支援の苦労や、私人だとしても政治的機能に邁進したこと。その供述と憂いを帯びた1人の妻および女性としての顔。そして、首相に先立たれた過去と、のちのお墓参りなどが描かれていました。
実は、番組がここまでで終われば本稿を書くほどの問題はありませんでした。ですが、そこから番組は「石破おろし」に繋げて結びとした訳です。これはかなり良くない構成でしょう。
このことから、あの内容の示すところは、「妻が人間ならば、その夫である首相だって人間なんだから、手心を加えてよ」という話なのだということを考慮せざるを得ません。
これは私個人が「絶対にプロパガンダだ」と主張しているものではなく、「プロパガンダとしての構造を間違いなく有し、その上でプロパガンダである可能性が否定しきれないタイミングである」ということです。
「第4の権力」と評されるマスメディアのあるべき姿はどのようなものか?ということを同局で議論するさまを放送していることがありますが、局全体としては「視聴者向けの言い訳」になってしまっている。
たまにあるんですよね、こういうの。
年配者の方ほどNHKを鵜呑みにしがちですが、このように社会的問題を個人の心の問題として矮小化することは、それなりに警戒されるべきものだと思います。
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