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ヒト科ヒト属

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子供の頃は、なんでも“そういうもの”なのだと受け入れている世界に生きていた。
幼馴染の子のあっこおばさんは、いつも怒り顔で怒っていた。いつも母親にべったりでたまに母が一人でゲートボールに行ってしまって居ないことの気づくと、泣きながら母親を探して徘徊していた。
あっこおばさんは、私の幼馴染やその弟には馬鹿にされる言葉をかけられていた。
そんなあっこおばさんは私の祖母のことが好きで、私の祖母の前では楽しそうにお話を沢山していた。
おばさんの母親は温和で優しかったが、
ボケたヨボヨボの旦那を邪険に扱っていた。


子供だった私は、あっこおばさんは障がいがあり知的年齢が低いことも、その母親は旦那がボケる前に散々いじめられていたことも聞かされていたが、その二人が可哀想だと思っていた。

でも大人になり、知的障がいというのが言葉だけではなくどういうものか理解するようになり、DVというものがどういうものかわかるようにっなった。
あっこおばさんが可哀想という気持ちは変わらないし、DVしてたとはいえボケた後にやり返されているのは可哀想という気持ちは変わらないけれど、子供の頃に抱いていた感情や見方とは全く違うものになっている。
今は、“そういうもの”ではない世界があるということも知ってしまったからだろう。
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