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マサヤス 龍之介
#サザンが1番
☆『1990年代の桑田佳祐 .13』
アルバム『世に万葉の花が咲くなり』の作品解題を続ける。3曲目♫せつない胸に風が吹いてた
は桑田の曲袋の豊かさを堪能出来る逸曲だ。この3月にリリースされた最新アルバムにしてもそうだが彼がこれほど長期間に亘り作曲家として君臨出来ていることにサザンファンのみならず、全ての音楽ファンは脱帽しているに違いない。普通大抵はアイデアが枯渇するか半ばでリタイアするものだ。或いは相当な長期間のインターバルを置いてリリースと云う例が普通だと思うのだが、桑田佳祐はサザンの活動休止の間にもソロや何らかのプロジェクトで第一線に立ち続け、しかも必ず新曲を引っ提げていて尚且つ数曲を一気出し!その楽曲には必ず何処かとのタイアップが絡むので、PRにも事欠かないと云う勝のスパイラルとなっている。この音楽寿命の長さを保つものは一体何か?
どうしてこうも、磐石なメロディセンスが保持できるのか?不謹慎を承知の上での提言だが、これは先々桑田の死後にでも桑田の遺骸は簡単に荼毘に伏さず、例えばその脳は学術的にも是非標本として分析して欲しいものである。その位、桑田の作曲キャリアは充実していると言っていい。
そうした桑田のメロディセンスが最も卓越したポップスとして表れたのがこの3曲目だと思う。
桑田の紡ぐ歌詞の字数の多さが特徴的なのは過去に何度となく指摘したが、この曲の構成は最初のAメロをリフレインしてBメロ=サビ、2コーラス目が終わって得意のCメロディは全て英語で表現されて、その後又Bメロに戻りそのリフレインでフェードアウトしてFIN、と云うのが通例だがこの楽曲ではCメロの後にAメロの終曲部を準用している。…ためらいがちに歩いた遠い過去が
終わりの無い道に変わる…
そして最後のBメロ…虹のように消えたストーリー 悲しみを分け合えた他人(ひと)もいない
この胸に浮かぶストーリー
愛だけじゃ奪えない七色の未来…
で大団円となる。こうした楽曲構成のロジックが巧みに編まれる。これもまた桑田の魔法の作曲術と言えよう。
そしてアルバム5曲目♫慕情 。この感動的なメロディについては昨年上梓された小貫信昭氏の著作『いわゆるサザン』について で桑田への綿密な取材によって新たな逸話が書かれている。へー!といったトリビア的新事実が明かされていて興味深い。引用に堕すのは野暮である。出版されてまだ1年以内でもあるし、揃いのいい大手書店の音楽本の棚に今から急げばまだあるので敢えて引用は避ける。これを読むと、2007年発行のジャズ評論家中山康樹の書いた集英社新書刊『クワタを聴け!』が思い込みと勘違いのみで書かれているかが露呈していることが分かる。書かれた時点までの桑田の自作曲をほぼ完全網羅して論考はしているものの、的を得ない星印の指標や批判的な批評が鼻につく。中には的を射ているものもあるので一定指標にする目安にはなるものの、直接取材した前者の方がやはり説得力がある。
桑田36歳の円熟期を迎えたボーカルは味わい深い芳醇なワインの渋みを感じさせるようで、しみじみできる。本回はこれを聴いて一先ずは。。。

慕情
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リストピアスバレの歴史は?
リストピアスバレの歴史は、主に以下のような重要なポイントで構成されています。
起源: リストピアスバレは、19世紀のフランスで発展したダンススタイルで、特に社交ダンスの一環として人気を博しました。元々は、貴族や上流階級の社交場で行われていました。
発展: 20世紀初頭には、リストピアスバレはアメリカに渡り、ジャズやスウィングの影響を受けて進化しました。この時期、ダンスホールやクラブでのパフォーマンスが盛んになり、一般大衆にも広まりました。
スタイルの変化: 時代が進むにつれて、リストピアスバレは様々なスタイルや技術を取り入れ、現代のダンスシーンにおいても重要な位置を占めています。特に、ストリートダンスやヒップホップの要素が融合し、より多様な表現が可能になりました。
文化的影響: リストピアスバレは、音楽やファッション、アートなど、他の文化的要素とも密接に関連しており、ダンスを通じて多くの人々に影響を与え続けています。
このように、リストピアスバレはその歴史を通じて、さまざまな文化的背景やスタイルを取り入れながら進化してきました。

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マサヤス 龍之介 投稿者
このアルバムから一段ギアが上がりましたよね[照れる]