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マサヤス 龍之介
#洋楽ロック
☆ハーヴェストムーン : ニールヤング 2012
元祖日本語ロックグループ"はっぴぃえんど"がお手本にしたアメリカ🇺🇸ウエストコーストのロックバンド バッファロースプリングフィールドのメンバーでスティーブンスティルスと実質的にバンドを主導した、ニール・ヤング。
これははっぴぃえんどを実際にスカウトしてレコードデビューさせた音楽評論家小倉エージが指摘したことだが、活動期間が3年で3枚のアルバムを残した点や二枚目のアルバムでスティルスとヤングとの間に亀裂が起こり、それが解散の決定的な要因になり実質的に三枚目のアルバム「ラストタイムアラウンド」はメンバー個々の作品が際立つものとなった点も、はっぴぃえんどの解散への道程が細野と大滝の対立が原因であり三枚目のアルバムの内容もバッファロースプリングフィールドのそれと、奇妙にシンクロしていた。
そして、年月の差こそあれ二つのバンドは後に再結成した点まで同じであることに改めて驚く。
はっぴぃえんどは解散から13年後の1985年に、バッファロースプリングフィールドは何と42年後の2010年に再結成した。
違うのはバッファロースプリングフィールドの後、クロスビー、スティルス・ナッシュ&ヤング(
CSN&Y)を結成して対立したはずの二人が再び同じバンドで活動したことであったが、細野と大滝は再結成の前にも後にも同じバンドでは活動しなかった点で有ろう。
云えるのは、仲違いはそのバンドの方向性を巡ってのことであり互いの人間性を否定していたわけではないと云う点では、どちらの関係にも共通しており非常にオトナの関係であったと云えよう
。細野と大滝はお互いをソロのレコーディングに呼んだりお互いのラジオ番組では必ずゲストとしてスタジオに招いていたし、ミュージシャンとしては大滝は細野を深く尊敬していた。
細野も大滝の広くて深い知識に羨望しており、お互い深いところでは繋がっていることを誰よりも自覚していた。
面白いことに、ソロ活を始めた当初の大滝はアメリカ南部のニューオーリンズサウンドに傾倒して、細野はアメリカ西部のカントリーロックから出発して、やがて大滝は自らのルーツミュージックでもあるウエストコーストのビーチ・ボーイズやフィル・スペクターの主宰したフィレスサウンドを希求してゆく。しかし、最終アルバム以後の彼はナイアガラサウンドを基調にしながらも曲調はヨーロッパ系に自然と傾斜してゆくが、細野はチャイニーズトロピカーナからラテンを経由して、ニューオーリンズ、エキゾチックサウンド、カリプソ、ロックンロール、琉球音楽といった雑多なチャンキーミュージックを堪能した所で、YMOに代表されるテクノでブレイクした。つまりお互いはまるで円を描くように、世界を巡りやがて又一緒になる、そうなるだろうと識者らやファン達は思い描いていた。そして又離れて永遠に輪環するという都市伝説に我々は酔った。細野はその後も"HOSONOVA"のようなボサノバやソフトロックと留まる所を知らない探求振りだったが、そんな折に大滝が急逝してしまった。大滝の亡くなる数年前から細野は再びバンドをやろう、はっぴぃえんどで無くてもいい…と事あるごとに大滝を誘っていたと言う。
ニールヤング=大滝 スティーブンスティルス=細野 という見方は無理くり過ぎるだろうか?
大滝亡くなった時に細野の呟きのような追悼の言葉がより一層細野の孤独を表していた
残念にもほどがある。
2020年代に入りYMOの同士だった高橋幸宏と坂本龍一が相次いで亡くなり、細野はまた独りになってしまったが、後輩ミュージシャンたちに囲まれて超高齢ミュージシャンとして、のほほんとマイペースで音楽を楽しんでいる。

Harvest Moon
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