レオナルド・ダ・ヴィンチの開発したとされるスフマート(ぼかし)が音楽においてはジョスカン・デプレが様式化した通模倣様式とされるのちょっとだけ納得いかないが、そういった人間の「自然」な見え方、聞こえ方を採用して自分のつくる音楽と照合すると、過剰な部分が結構あって、意図なく情報過多なのは良くないかもと思ったただ、ポリフォニーみたいな各声部が独立して動いているといった複雑化したものでもない限り考える必要はないかもね
まわり 投稿者
情報過多にもいろいろあって、ここで話されている過多は最近の音楽ではあまり起こり得ないよねという話をしています
まわり 投稿者
自分のつくる音楽が情報過多なことを改めて感じたんだけど、ここで話されている情報過多というのは別で、という説明ができていなかった!