共感で繋がるSNS
投稿
もち
2025/02/23
『聖なる鹿殺し』!!とてもパワフルな作品でした!!すごい!!そして分かりやすい!!これは寓話として使える!!いえーーい!![大笑い][大笑い]
(感想メモ)
25
437
コメント
もち
投稿者
0
聖なる鹿殺し
2025/03/11
返信
ピン留め
もち
投稿者
0
9 医者の妻は言う、夫が職務怠慢かは自分にはわからないが、なぜ自分たちが代償を支払うのか?と。この問いにたいし、マーティンはパスタの話をする。つまるところその意味は「みんな罪がある、ゆえにあなたも裁かれる」ということである。そして「フェアかどうかはわからないけど正義に近づいている」と言う。 つまりこれがエゴの救いの方法なのである。罪人が傷つくことで、攻撃を受けることで、死ぬことで、正義に近づき、私は救われると。この主張に正当性を見出せるうちは「贖罪とは、攻撃によって苦しむこと」と解釈されることになる。
2025/02/23
返信
もち
投稿者
0
10 ・医者の妻「あなたがケリをつけてちょうだい。出来るわよね。だって、この状況は自分が招いたことでしょ」と、夫に言う。 ここでもマーティンがしてることが妻が違う形で繰り返されている。罪人は苦しむべきであり、それが罪の贖われ方だと。これが自我の解釈による贖罪の仕方である ・妻が麻酔科医の要求に応えていたのは、ある意味「誰にどんな責任があるか」を知るためだった。夫にどんな責任があるのか?彼はどんな罪を犯したのか?罪人ならばどうするか? それを知るためであった。そして責められる役割となった見做された医者は、もちろん非難される。
2025/02/23
返信
もち
投稿者
0
3 ここにあるのは「自分のやり方で犯した罪を贖いたい」と考える医者と、「自分の望むやり方で贖われないならば(新しい父にならないならば)存分に苦しめばいい」と考える患者の息子の構図である。 このようにエゴは「どちらか一方」の原則を押し付ける、まるでそれしかないように思わせる。どちらを選んでも死である。「何かを奪ったなら、同じものを奪われて当然だ」「目には目を、歯に歯を」これが、エゴのゲーム
2025/02/23
返信
もち
投稿者
0
13 ・髪を切るという約束を今、果たしたという息子。「なんで切らなかったんだろう?」「水撒きもやる」「僕の本当の夢は心臓外科医なんだ。眼科医じゃない。ママに気を遣ってそう言っただけ。パパの仕事がいい。そっちの方が面白そうだもん」と医者に語る。 このように終盤では、医者がある選択をできるようにヒントが散らばっているが、彼は決して自分の心を振り返ろうとはしない。
2025/02/23
返信
もち
投稿者
0
2 ・心臓の手術中に患者を殺した罪悪感から、その患者の息子に便宜を図ろうとする医者と、“新しい父”を望むその患者の息子 ・マーティンは新しい父親の役をその医者に求めていたが、度重なる要求にだんだんと距離を空けていく医者。その最中、息子・ボブの足が突然痺れ入院。のちにマーティンは、「あなたは私の父を殺したのだから、あなたも誰か1人を殺さなくてはいけない」と言い、アーミーナイフを渡す。そしてもし誰も殺さなかったら妻、娘、息子は全員死ぬ。つまり全員死ぬのが嫌ならば必ず「誰か1人」はあなたが殺さなければならないし、あなただけは助かるので家族を殺したことの罪悪感を抱えろと言外に突きつける。
2025/02/23
返信
もち
投稿者
0
20 ・マーティンが医者を家に招待したときに一緒に見た映画はなんだったか? 彼とその亡くなった父親が好きだったという映画はなんだったか? あれはビル・マーレイ主演の映画「グランドホッグデイ」である。 この映画は”心の変革”を主題としたもので、まさに「心の中にある罪はどうすればいいのか?」「苦しみから救われるにはどうすればいいか?」をストレートに描いたものである。『聖なる鹿殺し』は『グランドホッグデイ』の”逆”を描くことで、一般的な贖罪の認識がおかしいことを気付けるようになっている。 また『リボルバー』という作品もこのテーマを深く掘り下げてるのでおすすめです。
2025/02/23
返信
もち
投稿者
0
4 ・マーティンは、自分の母と仲良くしてほしい、母もあなたにその気があると言い、医者は「私は既婚者であり、愛している妻と娘と息子がいる」と断る。この言葉を文字通りに受け取るならば、「妻、娘、息子」がいなくなれば、自らの母と特別な関係になるだろうという期待もあるのかもしれない。医者の家族が全員いなくなっても、青年の望みは叶う。
2025/02/23
返信
もち
投稿者
0
15 ・娘は自分の命と引き換えに、家族を助けるという。 娘「愛してる、ほんとうよ。私を殺せるのは命を与えたパパだけ、そうでしょう?パパは私の支配者よ、望み通りにして。心から愛してる。冷たい土の下で眠る私を忘れないで。世界の誰より家族を愛してる」。 彼女はそう言うが地下室では、自分の脚をまず治してとマーティンに言う。それからあなたの拘束を解いて、一緒に逃げようと。つまり父に言ったことは実現する気はなかったということであり、そしてマーティンに取引を持ちかけるものの自分の足がまったく治らないので、自分の願いを叶えてくれない彼に物を投げつけはじめる。 (最後に憎しみに変化するものは愛ではない)
2025/02/23
返信
もち
投稿者
0
18 ・医者は黒いマスク(罪の象徴)を被り、白い袋のようなものを家族3人に被せる(無罪の象徴)。 そしてその場を回転しながら銃を撃つことで、「死ぬ者を選んだことの責任」を回避しようとするが、 決して──「自分は罪を犯した」「罪を贖うには犠牲が伴う」──という心の深く深く埋め込まれたものには疑問視しようとはしなかった。 そした何度か銃を発砲し、息子ボブが死ぬ。
2025/02/23
返信
もち
投稿者
0
24 観終わったあと、「誰が一番悪だったのか?」「だれが狂ってるのか?みんな精神疾患なのか?」と問うならば、 その問い自体が医者と同じ誤りであり、決して“自らの内面を振り返ろうとしないこと”を劇中後にも示している。
2025/02/25
返信
もち
投稿者
0
14 ・地下室は「心の闇の層」であり、普段意識されることのない憎悪と怒り、恐れと哀しみが埋め込まれた場所である。だからここでは「嘘をつく」ということが意味をなさず、ただ見えなかった憤怒が噴出しているのが表される。 医者は怒りのままマーティンを拉致し、この地下室に監禁し、最後には殺そうとする。地上(=仮面をつけてる状態)では、怒りは出さないように注意深く振る舞うものの、地下では彼に対する憎しみが全面に現れる。(しかし本当の敵はマーティンではない)
2025/02/23
返信
もち
投稿者
0
21 ・この映画は、物理世界のことではなく、「心の中で起こっている様々な信念の動き」と捉えると分かりやすいし、いい学びの道具となるとおもう
2025/02/23
返信
もち
投稿者
0
6 ・医者はいままで「肉体が原因で病は起こる」という考え方に慣れていた。そんなところにまるでマーティン(=罪悪感)がやってきて、「あなたはこれから苦しむことになる。原因は今までの考え方じゃ絶対に見つからない。それは一度も探したことのない場所にある」と言われたようなものである。となるとどう対応していいかわからない。これは「私は病を知っている」「私には最善のやり方がわかっている」という考えの解体と、その二つに対する直面化が行われている。
2025/02/23
返信
もち
投稿者
0
22 この作品では“父”を、神の言い換えとして使っているので、その文脈で見ると 1.父が失われたら、別の父を手に入れることができる。(神には代替物がある) 2.「絶対的な復讐する力を持つ存在」を神として崇める。 (神に自らの憎悪を投影した結果、人間的な神が作り出される。神が全き愛ならば、復讐そのものがありえない。だが神が復讐をするならば完全な愛はあり得ない。これが信じられてるため、“神は罰を下す”ことが容易に受け入れられるし、その罰から逃れるために神を誉めそやす)
2025/02/24
返信
もち
投稿者
0
5 ・医者の息子ボブの麻痺は「医学的な見地では」何の原因も見当たらないので、心理的なものと判断される。心理的疾患だと。病気が肉体や物質にあると頑なに信じている医者からすると「まだ様々な観点から探っていないのに、それで片付けるなんて…」という気持ちを表す。この一見不可解な、原因不明の病は「自分が知っていることの中にはない」ことのメタファーである。原因はそこにはない。もっというなら医者が苦しんでいるのは、肉体にまつわる様々な疾患が息子ボブに訪れたことではなく、「心の中にある罪悪感がすべての苦しみだ」という示唆
2025/02/23
返信
もち
投稿者
0
7 ・そのあと、娘キムも歩けなくなるが、突然立ち上がれるようになると、そのワケを母は「キムはお姉さんだから、あなたより早くよくなったのよ」と弟に語る。この視聴者にとっても“明らかに関係のないもの”を結果の原因にしていることを描く。そして私たちはこれを常日頃行っている。苦しさや治癒の原因は、病や肉体や人や状況の中にあるのではないことへの示す (それが信じられている間は、そのように肉体は応答し証人として提示される) ・医者は、麻痺の治療に関する第一人者を呼びよせるが、成果は出ない。
2025/02/23
返信
もち
投稿者
0
17 ・マーティンを地下から逃した妻に対し、医者は「正気なのか?!」と怒る。だが、青年を監禁することは正気なのか?とはこの場では思い至らない。監禁することが最善だと信じている。 ここには「敵だと見做したものには何をしてもいい」、という加虐性が表れている。これ彼特有のものではなく、すべての人にこれが意識されてないだけで、極限のときになってはじめて自分の心の中にあるものが強烈かを知る
2025/02/23
返信
もち
投稿者
0
8 ・マーティン「母の邪魔はしたくない、幸せを取り戻してほしい」と、パスタを食べながら語る。罪悪感の象徴としての彼は「あなたのせいで、幸せは失われました。あなたが奪ったんです」と常に非難の指をさし続ける。
2025/02/23
返信
もち
投稿者
0
19 ・「清潔で白い綺麗な手」というフレーズが劇中では何度も出てきた。 つまり彼の手(見た目、身体、人格的な仮面)は純粋無垢であるが、その中身は果たしてどうなのか?と考えさせるものとなっている。 (まるで、なぜコップの中身を洗わずに外側ばかり洗うのですか?大事なのは内側を綺麗にすることではないのですか?と言われているようである)
2025/02/23
返信
もち
投稿者
0
23 例えば、地下室で医者の妻がマーティンの足にキスをしたり、娘が実の父に「愛してる、私は犠牲になる」と言いながらも本心はそうではなかったことなど。
2025/02/24
返信
もっと見る
話題の投稿をみつける
レ ン
2025/05/22
7月〆のプロジェクトを3つくらい持ってるんだけどこれ誰がやるん
9
新潟🌾
2025/05/22
寺西ブログで薬局行くとおなら出るとか言わんでいいwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
8
まるゆ
2025/05/22
筋肉ゥ…
#猫舌SHOWROOM
3
モミー
2025/05/22
マグネット各種ほしい…。というかロの事務所ってドとョン込みで広告打ってるんだね…フーン…
5
チア子
2025/05/22
もう負けと諦めてるけど掌返させてよぉ
…。
6
ばぶせ
2025/05/22
えーん(っ◞‸◟c)
8
櫛奈
2025/05/22
正直24時間は悪ノリの極みだからやっぱなし!でいいと思う
6
はと
2025/05/22
テレビでいぜん出てきて笑った
1
そらご
2025/05/22
6単当選している人いるのかな…TL全滅報告しか見てない…
2
可愛い
2025/05/22
巻き爪はありませんか?
娘はひどい巻き爪で、今治療中です。
#ダウン症
#まきづめ
2
もっとみる
関連検索ワード
金鹿
NARUTOシカマル
カノキス祭り
鹿ウォーク
浦神鹿
鹿強化
元カノ通話枠
化粧水美容液シカリペアクリーム
ラブシカ
カノ裏
『聖なる鹿殺し』!!とてもパワフルな作品でした!!すごい!!そして分かりやすい!!これは寓話として使える!!いえーーい!![大笑い][大笑い]
もち 投稿者
聖なる鹿殺し
もち 投稿者
9 医者の妻は言う、夫が職務怠慢かは自分にはわからないが、なぜ自分たちが代償を支払うのか?と。この問いにたいし、マーティンはパスタの話をする。つまるところその意味は「みんな罪がある、ゆえにあなたも裁かれる」ということである。そして「フェアかどうかはわからないけど正義に近づいている」と言う。 つまりこれがエゴの救いの方法なのである。罪人が傷つくことで、攻撃を受けることで、死ぬことで、正義に近づき、私は救われると。この主張に正当性を見出せるうちは「贖罪とは、攻撃によって苦しむこと」と解釈されることになる。
もち 投稿者
10 ・医者の妻「あなたがケリをつけてちょうだい。出来るわよね。だって、この状況は自分が招いたことでしょ」と、夫に言う。 ここでもマーティンがしてることが妻が違う形で繰り返されている。罪人は苦しむべきであり、それが罪の贖われ方だと。これが自我の解釈による贖罪の仕方である ・妻が麻酔科医の要求に応えていたのは、ある意味「誰にどんな責任があるか」を知るためだった。夫にどんな責任があるのか?彼はどんな罪を犯したのか?罪人ならばどうするか? それを知るためであった。そして責められる役割となった見做された医者は、もちろん非難される。
もち 投稿者
3 ここにあるのは「自分のやり方で犯した罪を贖いたい」と考える医者と、「自分の望むやり方で贖われないならば(新しい父にならないならば)存分に苦しめばいい」と考える患者の息子の構図である。 このようにエゴは「どちらか一方」の原則を押し付ける、まるでそれしかないように思わせる。どちらを選んでも死である。「何かを奪ったなら、同じものを奪われて当然だ」「目には目を、歯に歯を」これが、エゴのゲーム
もち 投稿者
13 ・髪を切るという約束を今、果たしたという息子。「なんで切らなかったんだろう?」「水撒きもやる」「僕の本当の夢は心臓外科医なんだ。眼科医じゃない。ママに気を遣ってそう言っただけ。パパの仕事がいい。そっちの方が面白そうだもん」と医者に語る。 このように終盤では、医者がある選択をできるようにヒントが散らばっているが、彼は決して自分の心を振り返ろうとはしない。