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もち

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『聖なる鹿殺し』!!とてもパワフルな作品でした!!すごい!!そして分かりやすい!!これは寓話として使える!!いえーーい!![大笑い][大笑い]
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聖なる鹿殺し

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9 医者の妻は言う、夫が職務怠慢かは自分にはわからないが、なぜ自分たちが代償を支払うのか?と。この問いにたいし、マーティンはパスタの話をする。つまるところその意味は「みんな罪がある、ゆえにあなたも裁かれる」ということである。そして「フェアかどうかはわからないけど正義に近づいている」と言う。 つまりこれがエゴの救いの方法なのである。罪人が傷つくことで、攻撃を受けることで、死ぬことで、正義に近づき、私は救われると。この主張に正当性を見出せるうちは「贖罪とは、攻撃によって苦しむこと」と解釈されることになる。

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10 ・医者の妻「あなたがケリをつけてちょうだい。出来るわよね。だって、この状況は自分が招いたことでしょ」と、夫に言う。 ここでもマーティンがしてることが妻が違う形で繰り返されている。罪人は苦しむべきであり、それが罪の贖われ方だと。これが自我の解釈による贖罪の仕方である ・妻が麻酔科医の要求に応えていたのは、ある意味「誰にどんな責任があるか」を知るためだった。夫にどんな責任があるのか?彼はどんな罪を犯したのか?罪人ならばどうするか? それを知るためであった。そして責められる役割となった見做された医者は、もちろん非難される。

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3 ここにあるのは「自分のやり方で犯した罪を贖いたい」と考える医者と、「自分の望むやり方で贖われないならば(新しい父にならないならば)存分に苦しめばいい」と考える患者の息子の構図である。 このようにエゴは「どちらか一方」の原則を押し付ける、まるでそれしかないように思わせる。どちらを選んでも死である。「何かを奪ったなら、同じものを奪われて当然だ」「目には目を、歯に歯を」これが、エゴのゲーム

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13 ・髪を切るという約束を今、果たしたという息子。「なんで切らなかったんだろう?」「水撒きもやる」「僕の本当の夢は心臓外科医なんだ。眼科医じゃない。ママに気を遣ってそう言っただけ。パパの仕事がいい。そっちの方が面白そうだもん」と医者に語る。 このように終盤では、医者がある選択をできるようにヒントが散らばっているが、彼は決して自分の心を振り返ろうとはしない。

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