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みそ汁をつくり始めたのは
2008年2月 5歳の誕生日でした
妻の千恵は
はなの4歳の誕生日に
エプロンと包丁をプレゼントし
それから1年間
包丁の使い方や調理の
段取りを教え 一緒に朝食の
みそ汁をつくりました
そして5歳を迎えて以降
千恵は一切口出しをやめ
すべてを はなに任せたのです
末期がんだった千恵には
娘が一人でも生きていけるように
という思いがあったのでしょう
はなもまた
千恵との約束通りに毎朝
台所に立ち続けました
その6月に余命宣告を受け
翌7月 33歳の生涯を閉じるのです
千恵が はなに
みそ汁づくりを教えたのは
自らの死期を意識していたこと
それともう一つ
"食の大切さ"を伝えたいという
思いがあったからでした
ある時
少年が母親を殺害する事件を
ラジオで聴いた千恵が
ポツリと呟つぶやいたのです
"家族で食卓を囲んで 毎朝
ご飯とみそ汁を食べる環境で
育っていたら きっとこの事件は
起こらなかったんじゃないかな"
千恵の書棚から食育の本を
見つけたのは 彼女の死後
しばらくしてからのことでした
"日本中の家庭が 毎朝毎晩
食卓を囲むことができれば
子供たちの
問題行動は十分の一に減る"
この一文に線が引かれて
いるのを見た瞬間
千恵が はなにみそ汁教えた
本当の理由が
理解できた気がしました
そして
"食べることは生きること"
という自身の願いを
僕とはなに託そうとした
ことを確信したのです
#はなちゃんのみそ汁
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✼ やま ✼
朝晩、家族て囲む食卓の環境で育った子ども達の問題行動は十分の一に減る。 本当にそうだと思いました。 家族、地域、 人々の繋がりに灯りがともる時代が来る事をせつに望みます🍀*゜
ミニ
映画でしたっけ?観てたくさん感情が溢れたのを思い出しました。
トモ
社会が 現実が 様々な環境が…… せつないです……