12条のように前提にある大切なことは不都合なので出さないんでしょうねって思ってます。14条の法の下にも読み上げるけど作劇の中でそこには触れてこないし。都合のいい耳障りのいい部分だけ強調してる。制作陣は活動家の煽動手法と同じ事してるって思ってる。
坂道まっしぐらで矢印が向いてると極論周りがあんまり見えなくて世の動きや諸々を意識しなくてよくなるが、年末年始はコンテンツも限定されるし、その感じが少し薄れるので世のリアルみたいなものに立ち向かわざるを得なかったりする。今年はだいぶコーヒーに隙間を救われた感あり。