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マサヤス 龍之介
#サザンの星
KUWATA BAND 1️⃣
『KAMAKURA』を発表した後、サザンオールスターズは無期限の活動休止に入る。そのことについて桑田の思いは、活字で残っている。
…あの頃サザンをちょっとばかり持て余し気味だった。セールスは盛り上がるわ、お客さんは盛り上がるわで嬉しいんだけど、みんなそういうものに対してちょっとね。それにメンバーの関係も心なしかギクシャクしてきていたし。
そこでこの際だから一回バラバラになってメンバー一人一人のメンテナンスの時間を持とうではないか、ということになったんですよ…。
この時期に一段落したので、アルバムで云うとこの『KAMAKURA』までがサザン第1期、或いは初期サザンと呼んで差し支えないと思う。
そして、桑田佳祐はすかさずKUWATA BANDを組むことになる。その動機付けについて桑田は
…あれはサザンが大型トラックとすればスポーツカーを目指したもの。小回りのきくバンドになりたかった。楽しかったですねぇ。ラジオの深夜番組に売り込みに行くなんて、サザンではやらなかったもの。これは特権意識に基づいたプロモーションなんだけど、突然、思い付いたからラジオに出してくれって、あの楽しさは久しく忘れていたものでしたね…。
桑田にしたら原点回帰をしたかったのだな、とこの文章からも汲み取れる。と、同時に根底にあるのはやっぱりサザンなのである。で、無ければ、何故解散ではなく活動休止だったのだろう。ちょっと考えれば判ることである。
1986年1月、KUWATA BAND結成。『KAMAKURA』リリースが1985年9月14日だったから僅か3か月余りの間の出来事であった。'86.7.12 ツアー"大里くん祭り"開催、ゲストにBAKUFU-SLUMP、EPOらを迎えた。7月14日、KUWATA BAND初のアルバム『NIPPON NO ROCK BAND』リリース。全編英語詞の楽曲で桑田のオリジナルで全12曲。だが、私はこのアルバムの楽曲の解説を書けるほど、実は聴いていない。従って余り偉そうなことも言えない。リアルでレンタル屋から借りてきて流して聴いた時点で、集中力を失ったからだ。カセットテープにダビングをするだけして、聴き返すこともほぼ無かった。
つづく…。

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