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イグアナ
ドイツのママは、12月に入るとシュトーレン作りと、クリスマスの飾り付けに忙しかった。今はそのどちらもできなくなってしまったけれど、イグアナはいつもそばで見ていた。最初のうちは言葉がわからなかったから、見る分量がいまよりずっと多かったように思う。イグアナは元来おしゃべりな質だけれど、環境がそれを許さない事が多かったから、いろいろなものを観察するのが暇つぶしでもあった。今の季節なら、どんぐりの帽子や、銀杏の葉の葉脈、蝋燭が溶けて燭台の根元でゆっくりと膜を張り、固まる様。
長い冬の夜、パパは間接照明の灯りの下で新聞を読んだり、チョコレート菓子や粉砂糖のかかったクッキーをたべながら、濃い紅茶を飲んでいた。
砂糖の摂取を快く思わないママの前で食べるのが気まずいから、かたつむりちゃん(イグアナの愛称)、お茶にしよう、と誘ってくる。
ママはクロスワードパズルから視線を上げてチラリと一瞥するが、何も言わない。イグアナは紅茶を飲むけれど、クッキーには手を出さない。紅茶を温めるキャンドルのゆらめくのを、ずっと見ている。時折ママがパパに、
アフリカとヨーロッパを隔てる海峡って何て言うんだった?
などと聞く。パパが地図を引っ張り出して、ジブラルタル、と答える。ママはそうだったわ、と答えを書き込む。
じゃあシュー生地にチョコレートがかかっているお菓子は?
エクレア、とイグアナが答える。
アクセントは、レ、で。
ママは大きな声で、
素晴らしいわ!
と、背中を撫でてくれる。
パパは、フランス語ができるのかい!?
と目を丸くする。
日本では馴染み深いお菓子だから、イグアナはどうしてそんなに褒められるのかわからない。日本にいる頃、褒められる事が極端に少ない子供だったイグアナは、びっくりする。次の日、近所の人にその話を自慢げにするママを見て、またびっくりする。
時々、この世界でひとりぼっちのような気持ちになるとき、イグアナは思い出す。感じる、愛されていたのだと。
ママの飾りとは違うけれど、イグアナもクリスマスの飾りをしたよ。違うけど、同じなんだよ。
結露した窓ガラス越しに、欅の木が見える。
クリスマスが、やってくる。


水平線(オルゴールver.)
コメント
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橙
うーん イグアナさん エッセイ出版したら? ぼくは購入第1号になる いろんな人がいろんな思いで クリスマスを見つめているのね
蒼月
イグアナさん 情景が浮かぶ素晴らしいテキスト 思い出のお話をありがとう
ちろぞー
「ドイツのママは」とか言ってみたい人生だった( ˘ω˘ ) イグアナさんのエピソードはいつも情景が浮かんで素敵。
そら⭐︎
イグアナさーん! 今晩も素敵な小説を読んでいるような気持ちになりました[目がハート] なんでこんなに表現?が素敵なのー?? もうすぐクリスマス🎄 飾りつけステキです[ハート]
kunio👼📸🎧🎥
とても素敵なお話をありがとう