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みかん
付き合うということは、2人以上の人間の関わり合いでしかないので、場合によっては「うまく行ったルート」もあるわけで。もちろん相手にも問題はあるけど、自分がそれにどう反応してしまったのかってのも見返すポイントなのかもなぁ
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サラダのお皿ダ
男性ってどんな感情になるんでしょうか?
もうあとは淡々とことを進めるしかないんですが、ふと「出ていかれた側」の心情ってどんな感じ?と考えました。
私は「なんでもっと早く逃げなかったんだろう」
という気持ちです。
男性、というより配偶者にモラハラしてる方のご意見お待ちしております
「こんな感じだと思う」という推測もよかったらぜひ

🐳
ゲームもアニメもする気になれない
どうしよ

エフス
気持ち切らすなよ

タレ
あ
何気ない日常で幸せを感じれるから
朝起きた時の熱々の珈琲
あったかい食事を食べたとき
焚き火にあたっているとき
布団にくるまっているとき
しんしんと降りしきる雪を眺めているとき
ふとした瞬間、今幸せかもと思える

重めのジョナサン
この世には、
ピーナツバターを一切含まない
ピーナツバター味のドーナッツ
というものがある。
それを聞いたとき、
私は強い違和感を覚えた。
嫌悪に近い感覚だった。
誤解してほしくない。
アレルギーなどの理由で
それを選ぶ人を否定したいわけではない。
興味として一度食べてみることも、
ただ美味しいから食べることも、
私は否定しない。
引っかかるのは、そこではない。
ピーナツバターを食べられる人が、
ピーナツバターを含まない
ピーナツバター味を選び続ける、
その位置だ。
本体には触れられる。
引き受けることもできる。
それでもなお、
重さや後味や責任を避け、
雰囲気だけを摂取する。
これは味の話ではない。
態度の話だ。
引き受けないことを前提にした選択が、
いつのまにか癖になり、
やがて生き方になっていく瞬間。
私はそこに、
あのドーナッツと同じ匂いを嗅ぐ。
同じ構造は、
食べ物の外にも、至る所にある。
願望を個性と呼ぶ態度。
理念や言葉を、
免罪符のように使う振る舞い。
距離のある場所から、
言葉だけを投げる行為。
どれも立場や主張の問題ではない。
引き受けないまま、
そこに居続ける姿勢
その一点に、共通している。
引き受けないことは、楽だ。
傷つかずに済むし、
失敗もしない。
けれど、そのとき人は、
少しずつ
自分を差し出さなくなる。
そして、ある地点を越える。
何も引き受けないまま語るとき、
何も引き受けないまま選ぶとき、
その人は、
自分を含まない「私」になる。
そこには主語だけが残り、
手触りも、重さも、責任もない。
立っているようで、
どこにも立っていない私だ。
私は、そこにいたくない。
触れられるなら、触れる。
引き受けられるなら、引き受ける。
できない理由があるなら、
それは尊重する。
ただ一つ、
自分にだけは誠実でいたい。
どこに立っているのか。
なぜそれを選んでいるのか。
自分がどこに立っているかを、
ちゃんと自分で分かっていろ。
そして私は知っている。
私が、
引き受けたまま立ち、
逃げずに選び、
私を含んだまま生きるとき、
たしかにそこには、
私の味がする。
私の匂いがする。
それは誇れるものでも、
人に勧められるものでもない。
ただ、生きてしまった結果として
残ってしまうものだ。
私は、
その薄い匂いを失わないために、
今日も
自分がどこに立っているかを確かめている。
夢追い人
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ふぇり@

うつつ
比例代表は前も言ったけど(鼻つまんで)山田太郎氏、選挙区の方は当落線上情勢見て戦略的投票しました。

ケ-

やっす

そらご

キセツ

にゅ🍼

天狐

まどか

さかみ
日本の未来はwow wow wow wow
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