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みこ
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クソコメコメ
回答数 44>>
「同い年だけで集まる社会」は、学校を卒業するとほぼ存在しない。その閉鎖的な環境が、嫌がらせや同調圧力、視野の狭さを生んでいる。
現在のテクノロジー的に、教室に集まる必然性が薄れてきている。
提案
「勉強はリモート」「活動は社会人や高齢者と」
可能性
理解が早い子は先へ進み、じっくり学びたい子は自分のペースで学べる。周りに合わせる必要がなくなる。
不登校の概念が消える。
社会性の涵養。子供たちは自然と敬語やマナー、多様な価値観を学べる。「趣味仲間」「人生の先輩」というフラットな関係が築ける。
高齢者の健康寿命が延び、社会保障費の抑制に繋がる。
ナナメの関係は、子供が悩みを持った時のサードプレイスになる。

るーくん

まりょく


匿名mh
もーこ

あまね

ちー
学校の子とよー会うわ
おめでとう㊗️🍾😆

ゆうた
15年前の東日本大震災が発生する2ヶ月前の今日
YouTubeで震災に関する動画を見て号泣した。
15年前という年月が経ったことと共に、15年間での自分の成長を感じた。震災当時は小学校にあがる直前で、母方の婆ちゃんとスーパーに来ていて車から降りた瞬間に発生した。メトロノームのようにスーパーの電気が揺れ本当にどうなることか不安だった。そして、この震災の影響で小学校の体育館は崩壊して別の場所で入学式が行われた。
それから7年後の中学1年生の時、父親と生まれて初めて父親の実家の福島に行った。その際、遠くからではあるが、水素爆発が起きた福島第一原発を見た。戦場の痕跡地に辿り着く そんな感情で実家に到着した。
後日、父親と婆ちゃんと自分の3人で地層のある海岸沿いへ行った。その際見た光景は、学校を丸呑み出来る高さまで到達した地層だった。道路も津波によって新しくなっているのも窺(うかが)えた。最後に爺ちゃんのいるお墓へ行った。7年経った今でもお墓は崩れたままの状態になっており、地震の恐ろしさを物語っていた。本当に今あることがどれだけ大切なことか それを分からせてくれるのもこの震災から得た学びでもあり、自然を舐めてはいけないのも自分は学べた。今があることが当たり前ではない それを当時生まれていなかった子たちには知ってほしい
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兎月🍼
めっちゃ寝たのにまだ眠いw
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