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思考

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私は感情に寄り添う優しさは持ち合わせてないけど、こと「個人の尊重」においてはひとよりかなり優しさを発揮してると思われ
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🦁ベラちゃん

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かねてから私は友人を「作る」という言い方があまり好きじゃなくて、友人とは互いに「なっていく」ものだと思っている
どうやって「なって」いくのかと言えば何かしらの交流があるわけで、逆に言えばそれが無い人は友人ではない、単なる知り合い

ただ、知り合いであれでも、居ればそれなりに
生活に潤いはもたらされる、それが私の思う生活の局面ごとの連れ
買い物に一緒に行く、映画を観に一緒に行く、ゲームを一緒にする、それぞれで違う人と行くやる、それ自体は、普通にある事だと思う

しかしそれすらも自分に必要性を感じないのであれば、無理して交流を拡げることはないとは思う
人間関係は拡がれば・拡げれば、それなりに何かしらの摩擦は時々生じる

でもまぁ、自分以外の人間が自分と同じように思う・感じるなんてことは無い、それが大前提だ
その違いを含めて許容する、それでもなおその人との交流は互いの人生に何か有益性をもたらす(事実として。そのように感じるだけでは弱い。感じるだけではそれは思い込みかもしれないから。)ならば、それは自分の生活の一部を担う人として大事に扱うのが良いと思う

人間関係は損得ではないと言われるし確かに物理的な損得勘定は不要だが、心理的な損得(好き嫌い)のそろばんは弾いた方がいいと思ってる
そういう扱われ方言われ方、それはイヤだなと言えないで我慢するとは、私には有り得ないかも

友人と呼べる関係が続く時とは、上から順に理想、
①何かの齟齬が生じた時、悪かったかもと云う感情が相手に対して湧いて行動言動の軌道修正が互いに自発的に行われていく
②どちらかが改善を申し出た時に気づいて改めようと努めることが出来る(やるやる変える変えると言うだけじゃダメ)、
この2つのいずれかは必須に思う

ほんとにちなみにだが、私はかつての配偶者とは、友人には成れなかった
人生で担う立場、役目、互いにそれを共同して行う局面での連れ、であった
そうにしか成れなかった
だからそれらの役割が終了した時に、関係性もいったん終了した
と同時に、これから友人になっていくかもしれない、ならないかもしれない
そう考えると、やはり友人は、あえて作るという言葉を使いたいなら、一緒に関係性を作り上げていくものであって、どちらか一方の思いこみや感情だけでは成立しないと思う
それさえ出来れば親子でも友人のように付き合っていくことは可能であり、他人ならば親子ほどに年代を超えた者同士が友人になることも当然に可能である
私は、息子と娘からは友人認定されたいと願っている
お母さんだから仕方ないよねと思われて付き合ってもらうのは、イヤかも

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そうちょう。

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弊社、間違い電話めっちゃかかってくるんだけど、謝れないやつ多すぎて引く。「え?検索してこの番号でたんだけど?」とかタメ口で逆ギレして切られる時もある。おめぇが間違えて私の時間を奪ってんだから謝罪しろボケカス。
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天野ケータ

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意味の分からない通報をされたということは、アンチが生まれたということで、アンチが生まれたということは、有名人になったということでーす❣️
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sakura

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これ赤ポチどうやったら消える?
ものすごい数ついてるんだが[冷や汗]
Gジェネエタナの星Gジェネエタナの星
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匿名S

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Xいつも奢り奢られ論争してるな
これには答えが出てたじゃん
奢らない奴はケチで
奢られない奴は魅力がない
そいつら同士が争ってるだけって
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ふしぎ

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一回ぐらいはものすごい甘やかしてくれる人とお付き合いさせてもらって最低って思われて振られたい。
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