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れいんぼー

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おひざっこのがおちゃんに
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ゆり


きゃろっと・らぺ
饕餮紋は誰の顔か:殷代青銅器における犠牲獣と神霊の交点
1. はじめに:定説への疑問
古代中国、殷(商)時代の青銅器を象徴する「饕餮紋」は、古くから『左伝』や『呂氏春秋』などの後代の文献に基づき、万物を貪り食う凶悪な怪物として解釈されてきた。そこでは「貪欲を戒める象徴」という道徳的な意味付けがなされるのが通例である。
しかし、その造形をつぶさに観察すると、この「猛獣」「怪物」という解釈にそぐわない点が浮かび上がる。
本稿では、饕餮紋の形態的特徴を再検証し、当時の祭祀における家畜の役割と照らし合わせることで、その正体が「怪物」ではなく「犠牲獣の姿を借りて現れる祖霊」であった可能性を考察したい。
2. 造形的特徴の再検証:草食獣としての饕餮
まず、饕餮紋の眼と角の形態に着目したい。
• 眼の表現: 多くの饕餮紋において、瞳孔は横に細長い形状で表されている。これは虎や豹のような捕食獣の縦長の瞳孔ではなく、羊や牛などの草食獣に近い。
• 角の形態: 饕餮紋に付与される角は、内側に巻く「羊角」や、大きく湾曲する「水牛角」を模したものが大半を占める。
殷代の青銅器には写実的な羊頭装飾が施された器も多く存在するが、それらと饕餮紋の意匠には明らかな連続性が認められる。一方で、この文様が時代を経てより猛獣的な形態へと進化する例はほとんど見られない。このことから意図的に草食性の犠牲獣の特徴が選択されていると考える方が自然である。
3. 祭祀の変遷と「わかりやすさ」の追求
殷代後期、家畜飼育技術の向上に伴い、祭祀における供犠の規模は飛躍的に拡大した。一度の儀式で数百頭の牛や羊が捧げられることも珍しくなく、祭祀は国家的な一大イベントへと変貌していった。
この規模の拡大は、儀式を「視覚的にわかりやすく」する必要性を生んだのではないか。神や祖先へ捧げられる羊や牛は、単なる肉資源ではなく、超越的存在と人間界を繋ぐ「霊的な存在」であった。青銅器に刻まれた紋様は、まさに今、目の前で捧げられている犠牲獣の顔を借りて、神霊がそこに「現前」していることを示す記号として機能したのである。
4. 良渚文化からの変容:神人から犠牲獣へ
饕餮紋のルーツは新石器時代の良渚文化における「神人獣面紋」に求められる。しかし、シャーマニズム的色彩の強かった良渚文化の紋様は、殷代の祭祀国家体制へ組み込まれる過程で、その意味と内容を大きく変容させただろう。
殷代の饕餮紋は、祖先崇拝と供犠を中核とする社会からの要請に基づき、「捧げ物を受け取る主客」としての性格を強めていった。良渚の神格が、殷代に至って羊や牛の特徴を取り込むことで、より具体的かつ祭祀の実践に即した「食を介する神霊」へと変化したと解釈できる。
5. イメージの力:現前する神霊
文字は支配階級が占術に使う道具であった当時、イメージが人々の認識に与える影響は現代の比ではなかった。当時の人々にとって、青銅器に鋳込まれた紋様は「何かを象徴する記号」ではなく、そのもの自体が呪術的な力を宿した「神霊そのもの」であったはずである。
青銅器という重厚な器の表面で、大きく見開かれた眼と、捧げ物を受け取ろうとする巨大な口。その造形に触れ、見ること自体が呪術的であり、神霊との対話であり、祭祀の実践であっただろう。
6. おわりに:貪る口から、受容する口へ
以上の考察から、饕餮紋の本質は「恐るべき怪物」ではなく、「犠牲獣の姿を借りて現れた祖霊」の顔であったと私は結論付けたい。
後代に語られる「貪欲な怪物」という解釈は、祭祀の実感や文脈を失ったゆえの誤解、あるいは読み替えに過ぎない。饕餮紋が持つ巨大な口は、決して万物を食い尽くすための凶器ではなく、捧げられた酒や肉を、人間界と霊界の境界である祭祀の場において、静かに受け取るための口であったのではないだろうか。
#古代中国

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