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芋
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りんごまる。
補習が増えたり色々と大変やったけど教官たちが諦めずに教えてくれたけん本当にありがたいし
何よりあんなに苦戦してたスラローム3速でいってみたら成功確率上がったのがあつい!!!
坂道発進も出来るようなったし、あとは
2月中までに普通二輪免許取ることを目標に引き続き頑張ります!!!!!

hid
自分のメンタルは自分でケアするしかないですよね、言いたいことも言えないこんな世の中じゃほんともうあれ、ポイズーヌみたいな話。
でも音楽聴きまくったらなんか色んな事が大丈夫になってきた気がした。
音楽ってすごい、ほんとに音楽があって良かった。
#GRAVITY子育て部 #言いたいことも言えないこんな世の中じゃ

幸せ

K
オレw 🎉🎂🎉
#誕生日 #ショートケーキ


久遠
田舎育ち、生涯wifi未使用
それが鋭いベギラマに
自力スマホ移行は基本、絶対wifi必須
クラウドへのバックアップもデータ転送もだ
理解した田舎育ちの勇者は
夜のファミマへ走った
Type-CからCへの有線が
商われていてベホマだった
皆さん、ただいま戻りました
#翠雨風韻 #スマホ故障 #自力移行
#ファミマはベホマのじゅもんをとなえた






るか
武器の名前とか全然覚えれんし弱くても大丈夫な人だとありがたいです
紅金魚
剥いだら生身です
表面も良いですが中を味合わないと

よる
山並みを撮ってみた群馬?栃木?
何処の山かなぁ🤔凄く高い山に見えるんだけどね
真ん中の山
夕焼けより、雲が良い感じ[大笑い]
ハシビロコウ[目がハート]ガシャポン揃えたい(*≧∀≦*)
何処にガシャポンあるんだか知りたい・:*+.(( °ω° ))/.:+可愛いぃよねハシビロコウ






さ丸
生まれつき備わっているものではない
段階を踏んで少しずつ更新されていく
どうやら大きく分けると
こんなステージがあるらしい
ステージ1|損得のモラル
最初の段階は
とてもシンプル
• 得か 損か
• 罰を受けるか 受けないか
• バレるか バレないか
ここでは善悪はまだ存在しない
あるのは自己保存だけ
罰は痛みとして機能する
だから左脳社会にとって
ここは扱いやすい
数値化でき
制御しやすいからだ
ステージ2|ルールのモラル
次に来るのが
ルールの段階
• 決まりだから守る
• みんながそうしている
• 逸脱すると怒られる
ここでは「正しさ」は外部にある
法律
校則
社内規定
左脳社会がもっとも得意とする領域
罰はルール違反を減らすための
管理ツールになる
多くの社会制度は
この段階で設計されている
ステージ3|信念のモラル
ここで質が変わる
損得やルールを理解した上で
それでも
「自分はどうありたいか」を考える段階
• なぜこのルールがあるのか
• 守ることで 何が守られているのか
• 破ったとき 誰が傷つくのか
正しさは
外ではなく
内側に移る
ここでは罰は恐怖ではなく
対話と責任として機能する
だがこの段階は管理が難しい
数値化できない
予測できない
時間がかかる
だから左脳社会はここを避けがちになる
ステージ4|みんなが幸せになるには
最後の段階
自分の信念すら相対化しながら
この選択は自分だけでなく他者や未来に
どんな影響を与えるか
を考える段階
ここではルールは絶対ではない
必要なら変える対象になる
罰も排除ではなく
回復と再接続が中心になる
理想の罰
関係の修復
社会に戻すためのコスト
それらが
初めて現実味を持つ
左脳社会は どこで止まるか
多くの管理社会は
• ステージ1(損得)
• ステージ2(ルール)
ここで止まる
なぜなら
それ以上に進むと
• 管理できない
• 効率が落ちる
• 不確実性が増える
からだ
結果罰は
「悪いことをした人」ではなく
「システムに合わない挙動」を
黙らせる装置になる
コンプライアンスを聖典のように扱う社会は
なぜモラルを下げるのか
この前提に立つとある違和感が
はっきり見えてくる
コンプライアンスを
聖典のごとく扱う社会は
明確にステージ2だ
そして日本が本来育んできた
「和の心」はステージ4の発想に近い
──では
なぜ わざわざ
ステージを下げる必要があったのか
ステージ4は 管理できない
ステージ4では
人はこう考える
• ルールは誰のためにあるのか
• 今この状況で 最善は何か
• 形式より 関係や結果を優先すべきではないか
人としては成熟している
だが管理者にとっては最悪だ
• 判断が分かれる
• 数値化できない
• 例外が増える
• 責任の所在が曖昧になる
つまりシステムとして制御できない
左脳的・管理社会はここを極端に嫌う
ステージ2は 従わせやすい
一方ステージ2は
• ルールだから守れ
• 書いてあるからダメ
• 前例がないから不可
考える必要がない
善悪ではなく適合か 不適合か
罰は意味ではなく制御信号になる
だからコンプライアンスは
「原則」ではなく聖典として扱われ始める
疑問を持つこと自体が逸脱になる
和の心は なぜ邪魔だったのか
「和の心」は
• 空気を読む
• 立場を慮る
• その場で最適解を探る
• 角を立てずに修復する
ステージ4のモラルだ
だがこれを許すと
• マニュアルが効かない
• 想定外が起きる
• 現場判断が増える
• 責任が上に集まらない
結果管理コストが爆増する
だから和の心は「美徳」から
「曖昧」「不透明」「危険」へと
評価を下げられていった
下がったのではない
下げられた
重要なのは日本人のモラルが
劣化したわけではないということ
構造的に下げられた
和の心は未熟だから消えたのではない
成熟しすぎて管理に不向きだった
モラルのステージが違えば
罰の意味も変わる
損得の社会では罰は 痛み
ルールの社会では罰は 制御
信念の社会では罰は 責任
みんなが幸せになる社会では
罰は回復のプロセスになる
もし今の社会が息苦しく感じるなら
それは誰かが悪いからではない
社会が低いステージに留まり続けている
だけかもしれない
今 問われているのは
規則を増やすことではない
もう一度どのステージで生きる社会を選ぶのか
それだけ

あいあい

にゃー🐱
係長、課長、部長からのお言葉があった。
うん。
あんまり良くなかったー
最近よく怒られる
怒られるとゆーことはそれなりなんだろう
反省もしてるけども
言い分もあるんだけども
なんかもう、そっかー、、、て感じで
私こーゆーの切り替えあんまり出来ないタイプなので
この評価はズルズル引きずることでしょう。。。
転職を真剣に考える。。。。
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