投稿

🌴たかし⛺
関西の観光・歴史を中心に和歌山、奈良、大阪と紹介して来ました。次は滋賀県の近江商人の歴史を順を追って紹介していきたい。(その1)
琵琶湖大橋から北の湖東周辺は多くの近江商人を輩出した地で、奈良時代、「聖徳太子」により東近江の地域に多くの寺院が建てられた。「聖徳太子」の勧めによりこの辺りで「八日市」が盛んに開かれたことにより、「近江商人の発祥の地」とされる。その名が付いた「神崎郡八日市村」は、御代参街道と八風街道が交わる交通の要衝で、若狭や三重との間で、商業取り引きが盛んに行われていた。
近江商人の「三方よし」などの心得のルーツは、「聖徳太子」の奈良時代までさかのぼるとされ、仏教や「聖徳太子」の教えなどの影響が大きかったとされる。その反面、商業利権で争いも絶えなかったため、早くから近江国の様々な商人の間では独自の細かい掟やルールなどの決まりが出来ていた。
現代の湖東にもその近江商人の名残りが色濃く残っている。八日市駅を中心に「近江鉄道」が敷かれており、その「五個荘金堂町」には郷商人の旧家、物の輸送に使っていた水郷など「近江商人の発祥の地」として、今なおその痕跡が残されている。彦根藩による「反本丸」が牛食の発祥とされ、近江八幡から「近江牛」を運んだことにより、全国で本格的な牛食が始まったとされる歴史もその痕跡の1つである。
●東近江市
令和2年公表された調査結果によると、聖徳太子の文化と親しさで、滋賀県が全国一位との結果が出ました。その中にあって、聖徳太子関連歴史文化遺産の件数第1位は、東近江市です。つまり、東近江市は全国一、聖徳太子と関わる歴史を持つ。
●神崎郡八日市村
八日市はかつて滋賀県湖東地域にあった村。古くからの市場町で、聖徳太子の時代から毎月「八」の付く日に市が開かれていたとされ、それが地名の由来となった。聖徳太子によって市場が開かれた場所とも伝えられている。八日市本町にある市神神社の祭神は事代主命で、八日市場の祖神として古くから崇められてきた。境内には1977年、市民らの浄財によって建てられた聖徳太子像がある。
百済寺など開基や本尊の作像に聖徳太子がかかわる寺社、国天然記念物ハナノキなど聖徳太子関係の伝承などが、この地域でみられます。
御代参街道と八風街道が交わる交通の要衝で、周辺の農村地域を商圏とする市場町として栄えた。戦前には八日市飛行場が所在し、八日市駅周辺は大津・彦根に次ぐ県下有数の歓楽街として栄えた。
●市神神社
東近江市八日市本町にある神社。四天王寺の瓦造りや瓦屋禅寺の建立で人がこの地に多く集まったことで、聖徳太子は市を開くことを勧め、太子自ら事代主命(ゑびす大神)の神像を刻み、この神様をお祀りする神社を建立しました。近江七福神のひとつ「市宮ゑびす」として信仰を集める。聖徳太子が自ら神像を刻み、商いの道を教えたとされ、その神像が御神体の恵比寿神の胎内に安置されていると伝わる。境内には犬養孝書の額田王相聞歌碑がある。
●五個荘金堂町
滋賀県東近江市五個荘地区にある町である。古代条里制の区画割りを残す農村地帯であると同時に江戸末期から昭和初期にかけて活躍した近江商人の発祥の地でもあり、水田風景のなかに商人屋敷と社寺が甍を並べる町並みが重要伝統的建造物群保存地区として選定されている。2015年(平成27年)4月24日、「琵琶湖とその水辺景観- 祈りと暮らしの水遺産 」の構成文化財として日本遺産に認定される。
「金堂」という地名は聖徳太子が当地に金堂を建立したという伝承に由来する。現在の大城神社北東には8世紀創建と推定される金堂廃寺跡があり、地区中心部には聖徳太子開基伝承をもつ浄栄寺がある。地名は「今堂」や「近藤」と表記されることもあった。
古代以来、神崎郡に属した。古代の遺構としては、集落北方の農地で古墳時代後期と奈良時代の遺跡が発掘されている(正源寺遺跡)。また、地区内の道路や農地の地割りには条里制の名残がみられる。中世には山前南荘に属し、六角氏の支配を受けた。観音寺城の戦いでは金堂村を含む五個荘一帯が主戦場となった。
江戸時代の1685年以降幕末までこの地域を治めていた郡山藩が条里制の地割を基本として、金堂陣屋の三方に寺院(勝徳寺、弘誓寺、安福寺)を配し、その周囲に民家を配するという、陣屋を中心とする集落構成を形成した。これは現在の金堂町の集落構成の基盤となっている。
近代化が進むにつれ、日本各地はもちろん、一部の商人は朝鮮半島や中国大陸へも進出するようになる。成功後も商人達は本宅や郷里を大切にし、金堂の優れた景観を発展させた。戦後、圃場整備によって条里制の遺構を残す田地は姿を大きく変え、集落にも現代化の波が押し寄せるようになった。1980年代頃から景観保全に対する関心が徐々に高まり、五個荘町も商人屋敷などの保存・観光資源化に力を入れるようになり、1998年(平成10年)12月25日に国の重要伝統的建造物群保存地区として選定された。
この地の出身の会社は、小泉産業株式会社(小泉武助)・ツカモトコーポレーション株式会社(塚本定右衛門)・外市株式会社(外村市郎兵衛)・ツカキグループ(塚本喜左衛門)・藤井株式会社(藤井彦四郎)・株式会社 ワコール(塚本幸一)など。
●外村繁邸
外村繁は、昭和10年「草筏」が芥川賞候補、昭和13年池谷賞を受賞、昭和31年「筏」が野間文学賞を受賞した滋賀を代表する作家です。
外村宇兵衛家の分家として江戸時代末期に建てられた屋敷で、総面積2395㎡・建物面積496㎡もあり、門を入ると川の水を取り入れた川戸と呼ばれる水屋があり、玄関に続く石畳の右手には広い庭があります。ほかに、小説を書いていた小座敷や女中部屋・松の節つきの一枚板・蔵などがあり、各部屋からは庭が見え、家の間取りはその用途によって幅広く使用できる工夫がされています。
●中江準五郎邸
中江準五郎は、大正時代から戦前まで朝鮮半島で次々に百貨店を開設し『百貨店王』と呼ばれた三中井一族の末弟中です。
屋敷は切妻瓦葺で、蔵が2棟あり、庭は池泉回遊式で池のまわりには石灯籠や巨石を配しています。蔵には、滋賀県唯一の郷土民芸品「小幡人形」が常設展示されています。
●藤井彦四郎邸
近江商人の三代目藤井善助の次男として生まれ、後に分家して「小町糸」「スキー毛糸」の製造販売、積極的な海外視察など時代を敏感にとらえて一代で成功しました。
屋敷地には、珍石、名木を配し、琵琶湖を模した池泉回遊式の大庭園(約25mプール8個分)と総ヒノキ造りの客殿と洋館、土蔵が立ち並んでいます。






話題の投稿をみつける

ろんず

トミー
#GOスト

ばなな

梅
#GoldenSixTONES
#GOスト

コウ⊿4
#乃木坂13thバスラDay2

みるく
#GOスト

アビの

ドラマ

吐血P

マサコ
#キャスター
もっとみる 
関連検索ワード
