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あさ
それは、人に優しくすべきといった教育や、自分を抑える事を美徳とする慣習が根底にあるのかもしれないし、相手に嫌われたくないとか、自分さえ我慢すれば丸く収まるといった意識かもしれない。
もしも相手を優先した時に、自分の中にモヤッとするものがあったなら、それは自身が納得いってない証拠だと思う。
では、自分が心地良く生きるためには自分を優先すべきかと言えば、それは一歩間違えると自己中心、身勝手といったワガママな行為に思われるかもしれない。
私はこの世界に今この肉体を持って存在している以上、自分という個を生きる事が最重要な事なのではないかと考える。
誰一人、何一つ同じものが存在しない世界で、人と同じように生きる必要はない。
自分が感じる事は他の人には感じ得ないもの。それを自分が大事にしてあげる事が何より大切なのではないかと思う。
もちろん世界には沢山の人が共に生きている。それぞれが自分を大切にする事を優先したら衝突するのではないかと思われるかもしれない。
だけど、そんな事はないって私は思う。
自分の我だけを押し通す事を人は心地良いとは感じられないと思う。
自分の心を大事にしつつ、相手の心も同じように大切に想う。その中で互いの心地良い範疇で互いにより良い選択をしていけばいいのだと思う。
それが結果的には相手を優先した事になったとしても、それは遠慮とか謙遜とか我慢とか不快感を伴うものではなく、自分と相手を大切に想う心同士の交流により、心地良さの拡大、愛の循環として幸せが拡がっていく事に繋がると思う。
選択の前提にある意識が何なのか。
義務感や不安や恐れなのか、
自分や他者への愛なのか、
そこを見直すだけで、自分の創造している現実は180度変わる。
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なるほど! 確かに人に優しくや、自分を抑えるのは必要だと思いますが、モヤッとする事も。それはそう言う事だったんだ。
ごうすけ
難しい表現[笑う] 自己満足で生きて、できる範囲で自分以外の人の役に立つ事を心がけようって事ですね