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肉ドラゴン

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庖丁

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中国語版ウィキソースに本記事に関連した原文があります。

莊子/養生主

漢語(中国語)で「庖」は「台所」を意味する。一方、古代の漢語における「丁」は、担税を課することに由来し、「園丁」や「馬丁」という熟語があるように「その職場で働く成年の男性」の意味合いで用いられていた。「庖」と「丁」の合成語である「庖丁(拼音:páodīng)」は「台所で働く成年の召使男性」を指すものであった。日本語「庖丁/包丁」の語義の一つには「料理人」「料理役」「料理番」があるが。

また、『荘子』の「養生主篇」に、とある庖丁が魏の恵王の御前で見事な刀捌きを披露し、牛一頭を素早く解体して見せ、王を感銘させたという記事がある[12]。この“庖丁(料理人)”の使用した調理刀を、のちに「庖丁」と呼ぶようになったという。

日本語にもこの語が移入され、当初の読みは漢音の「ハウテイ(現代仮名遣い:ホウテイ)」か呉音の「ベウチャウ(現代仮名遣い:ビョウチョウ)」とされていたが、いつしか転訛して「ハウチャウ(現代仮名遣い:ホウチョウ)」となった。

日本の調理刀と料理人

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奈良時代から平安時代初期にかけての日本では、調理用の刃物は他と区別されることなく大和言葉で「刀」全般を意味する「かたな」の名で呼ばれていた[13]。漢語名も他と区別されることなく「雑用のこがたな(※小刀)」全般を意味する「刀子(トウス)」[14][13]の名で呼ばれていた。

日本語において、庖(台所、厨房)で働く専門の職人を「庖丁者(ほうちょうじゃ)」または「庖丁人(ほうちょうにん)」と呼ぶようになったのは、平安時代末期ごろと考えられている[15][16][17]。『徒然草』の第231段には、園の別当入道(その の べつとう にゅうどう。藤原基氏、園基氏)の話として「園の別当入道 さうなき庖丁者なり〔略〕(解釈:園の別当入道は並ぶ者の無い料理人である)」と記されている[15][16]。他方、「庖丁師(ほうちょうし)」も「庖丁者」「庖丁人」の同義語ではあるが[18]、明応9年(1500年)頃(戦国時代中期)に成立した『七十一番職人歌合』の57番に見られる「はうちゃうし(庖丁師)」を詠んだ和歌「おほ鯉のかしらを三にきりかねて かたわれしたるあり明の月〔略〕(書き下し:大鯉の頭を三つに切りかねて、片割れしたる在
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