学級の比喩としての大きい鏡を先に真正面に配置して、個人の比喩である小さい鏡を雑に散らす。それを作品として「さぁ感じたこと、考えたこと、話してみよう」とはあまりに乱暴だ。解釈の手続きを丁寧に踏むならまだしも、そんなこともない。集団よりも個人が先立つはずだろうに。