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天下無双の⚡️🍜🫶
このイライラをパワーに変えて筋トレとバルクとか全部頑張ってやるぜ⚡️
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トンボ

マルちゃん
つ
マジでなんで教えてもらえる前提なの?
こんなDMが山ほど来てて疲れる
お前らの便利屋じゃねーよ
勝手に結託して警察行きなよ
なんでボランティアで詐欺被害者サポートしなかんねん
謝礼として私のチケット探してくれや


えどがー☄️
毎日したいっスね
みやび
アドリブで出てくる言葉って確かに荒いんだけど、荒いが故に、人の心の深いところまで届く力があるんだよな。対して台本の朗読は、知識の伝達という機能以上のものを感じない。結局、理屈で動ける人間なんてほぼいなくて、社会の九割は「なんとなくそう思う」みたいな感覚、感情、雰囲気ドリブンで駆動してる。社会になんらかの影響を与えるパワーは、台本よりアドリブのほうが強い。
「上手い役者は観客に上手いと思わせない」って話もこれと同じ原理。上手い役者は、台本があるのに、あたかも今思いついて言ったかのような「ライブ感」がある。同じ芸能で言えば漫才でも、セリフの内容や言い方に「台本感」があるとその時点で客は冷める。オリラジのあっちゃんも、授業の台本は作らないらしい。
しかし、当然台本にだって良いところはある。というか、台本に悪いところはない。悪いのは、台本の役割を正しく理解せずに台本を作っている人のほうだ。さっきの役者の例だって、台本がないかのように見せる役者の技術がすごいという話だった。台本を否定しているわけじゃない。
アドリブ(即興)が車の運転だとしたら、台本(計画)は手書きの地図だ。手書きの地図。それは自分の経験と知識を繋ぎ合わせた、かなり頼りない道案内である。そして地図を作る経験と知識は、「とりあえず運転して周囲を見て回ること」で貯まっていき、現実との誤差が次第になくなっていく。
つまり、即興性が先で、計画性は後。即興性を鍛えた先に計画性があるということ。

ぜあ。

吐血
@はるきゅん💝🌷


さくら
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たむ🍙

RE:Rise Ve
#まんてん847

なお
#サンデージャポン

みん🕒

サイガ

セミ丸
#ぺこもぐキッチン

ヨネチ
年数的にはまだ使えるはず

みん🕒

ぎたい

らびせ
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