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既存の秩序や効率だけで回る「左脳的な社会」から少し離れて
共有・循環・自然との共生を軸にした「右脳的な社会」を思い描く

そこでは
過剰な競争より協力
過剰な所有より共有
過剰な消費より再生

ヘンプは、その象徴にできる
衣食住エネルギーを一本の植物からまかなう、
“自然に戻るテクノロジー”みたいな存在として

共産主義も、現実の制度というより
「みんなで基盤を持ち合う世界」という寓話にすれば抑圧のイメージではなく
安心して挑戦できる土台の物語になる

右脳を開くというのは
計算よりも感覚
所有よりもつながり
成長よりも調和を選ぶこと

つまりこれは政治の提案というより
世界観の提案なんだと思う

現実は利害や制度で簡単には動かないけど
物語は先に未来を描ける

理想郷は、いきなり作るものじゃなくて
まず語られることで輪郭を持つ

だから
「もしこんな社会だったら面白いよね」と笑いながら語ること自体が最初の一歩なんだと思う
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カイト

カイト

婚外って一度すると戻れなくならない?婚外って一度すると戻れなくならない?

回答数 18>>

人にもよると思いますので、当てはまらない方も当然いると思います。ただ、一度他に気が移ると、もはや既存の配偶者は過去の人に変わってしまうと個人的には思っています。なんとかヨリを戻そうとしても、自らの本能で他にいっていますので、気持ちの部分でのリセットは非常に難しい問題だと思っています。
これから先、何年過ごすのかわかりませんが、一緒に過ごす時間が長くなればなるほど、背負う十字架は重いものになると思います。
もう一つ、一度でもやった方は間違いなく癖になります。不倫を繰り返す人はそのドキドキ感が忘れられないからです。麻薬と一緒です。戻れなくなります!気をつけましょう!
既婚者癒しの星既婚者癒しの星
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臼井優

臼井優

東大の俗物根性はどこから来たか
 欧米の伝統的大学は、古典的プロフェッショナルの育成を目的として成立し、その影響は現在も色濃く残っている。
 医学・法学・神学が中心的地位を占め、学士課程修了後に医学や法学を大学院レベルの専門職課程として履修する制度は、こうした歴史的背景に基づくものだ。

 ビジネススクールも、この古典的プロフェッショナル養成モデルを模倣したものとされる。マッキンゼー・アンド・カンパニーの基盤を築いたマービン・バウアーは、「コンサルタントもプロフェッショナルである」と位置づけ、専門知の行使における自己規律とクライアントへの責任を強調したことで知られている。

 日本の「悲劇」は、大学という制度が、明治政府によって国家主導で導入された点にある。東京大学が設立されたのは1877年(明治10年)であることは前述した。当時の日本は内憂外患の只中にあり、国内では西南戦争が勃発し、対外的には欧米列強の脅威に直面していた。明治の元勲たちが最優先したのは、富国強兵と統治体制の近代化であった。

 その一環として、明治政府は1873年(明治6年)に後の東京大学工学部となる工学寮を開校し、翌年東京医学校を設置した。

 工学教育が独立した組織として構想されたのは、軍事・産業振興を急ぐ国家的要請に加え、欧米の高等教育制度を強く意識した結果と考えられる。

 欧米における工学教育は、産業革命以降、鉄道・造船・機械といった産業需要に直結する実学として発展してきた。その成立過程は、聖職者・法律家・医師といった古典的プロフェッショナルを育成してきた伝統的大学とは本質的に異なる。
 米国では、マサチューセッツ工科大学やカリフォルニア工科大学に代表されるように、従来のリベラルアーツ中心の大学とは別系統の高等教育機関として発展してきた。
 これは、工学が国家や産業の要請に強く結びついた学問であったという歴史的背景による。

 話を戻そう。明治政府が医学部と並んで重視したのが法学部である。近代国家の建設には官僚機構が不可欠であり、明治政府は東京大学法学部を通じて官僚の計画的養成を図った。
 
 これは、国家権力や世俗権力から一定の距離を保ち、市民の権利を守ることに重きを置いてきた欧州の伝統的な法学教育とは、明確な対照をなす。
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さや

さや

何回も同じこと聞く新人の話流れてきたけど…
1か月経っても同じこと聞いてくるならガン無視するっていうのは、普通にハラスメントでは?

教え方に非があるかもしれないし、協力してその人に合わせて改善策を練ったほうがいいのでは…。実際最初は酷かったけど、半年してから急に覚醒してかなりの戦力になってくれた人もたくさんいたし。無視は会社の環境的にも、その人間としても良くないと私は思う…。てか訴えられたら困るやろ…。研修する身としては悲しい話だなって思ってしまった。

まぁ寝てるうえに仕事もできないのなら、さすがに即退去させるけど
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暁🌅

暁🌅

#ぼやき
共感されるかは分かんないんだけど、物語でハッピーエンドみたいな感じになると、道半ばで死んでしまった人に感情移入することが多い。
生き残った人が幸せそうなのは、もちろん良いんだけど、同時にどうしようもない無念さを感じる。
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aya

aya

一緒にいて楽しい人か一緒にいて安心する人どっちと付き合いたい?一緒にいて楽しい人か一緒にいて安心する人どっちと付き合いたい?
一緒にいて安心する人かな
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朱璃

朱璃

もう随分昔から解離してた。
おそらく物心ついた頃には解離してた。
子供の頃から物語を書いていて、ノートが大きな段ボール1つ分埋まっている。
その中に高校の頃のものを見つけた。
自分なりに書いた歌詞で、今見ると本当におもしろい。
解離したいろんな側面が歌詞を書いてて、まるでアンサーソングだ。
一人称もみんな違う。
人格を分けたわけではなく、ただ異常なほどに優位になった側面が残した文字。
あーこれは戦ってた彼で、その彼に対してまた違う彼が励ましてるなぁとか。
頑張ってきたんだねって他人事のように思う。
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臼井優

臼井優

大学自治は政治権力との軋轢の中で鍛えられる
 東京大学は1877年(明治10年)、東京開成学校と東京医学校が統合され、日本で初めての近代的大学として発足した。その制度設計において参照されたのは、西欧の大学モデルであった。

 欧州の伝統的大学は、12〜13世紀にかけて、聖職者・法律家・医師という「古典的プロフェッショナル」を養成することを目的として成立した。
 たとえば、世界最古の大学であるボローニャ大学はローマ法に基づく法学教育を通じて法律家を育成したし、パリ大学は神学を中心に聖職者を輩出した。
 医学教育については、サレルノ医学校(後のサレルノ大学、世界で2番目に古いとされる)に代表されるように、ヒポクラテスやガレノスに連なる古典医学の教授が行われ、後に大学医学部として制度化されていく。

 中世ヨーロッパにおける古典的プロフェッショナルとは、神学・法学・医学といった体系化された知を修め、社会的使命を担う聖職者・法律家・医師を指す。
 彼らの地位は、専門知が一般市民に比して著しく高度であるという情報の非対称性を前提に成立したため、患者や依頼人は判断を専門家に委ねざるを得なかった。
 この地位の濫用を防ぐため、外的統制に先立つ自己規律が重視され、その根拠は神に誓う良心と倫理に置かれた。専門知を公共善によって拘束する点に、古典的プロフェッショナリズムの本質がある。

 古典的プロフェッショナルは、しばしば宗教権威や世俗権力と対峙した。1277年のパリ大学では、神学と自然哲学の緊張が高まり、司教エティエンヌ・タンピエがアリストテレス哲学の命題を禁じた。
 これは学問の自由と教会教義の衝突を象徴する事例である。他にも、法学の中心地であったボローニャ大学では、ローマ法を拠り所とする法学者が都市自治勢力や皇帝権と対立し、大学の自治権を巡る紛争が繰り返された。

 この種の緊張関係は過去のものではない。近年のハーバード大学とドナルド・トランプ政権を巡る対立も、学問の自律と政治権力との摩擦という点で、同じ系譜に位置づけられる。こうした軋轢を通じてこそ、欧州を起点とする大学では、「大学自治」という概念が歴史的に鍛え上げられてきたのである。

 このように、古典的プロフェッショナルは、世俗権力や宗教的権威との適切な距離の取り方に常に苦慮してきた。その象徴が学寮である。都市の喧騒や権力から一定の距離を保ち、学問と自己規律に専念する空間として機能した。
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