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め
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にゃん

宇宙の風shin🌠
私たちはそれぞれ、
この世界の中にある新しい価値に気づきながら生きています。
仕事の中に、
人を育てる営みに、
社会との関わりや、
それぞれの楽しみの中に、
すでに多様な価値が息づいています。
神が宇宙を思い描かれたように、
私たちもまた、
内に想像し、感じ取る力を与えられています。
それは、何かを無理に生み出すことではなく、
大切なものを見出し、
そっと保ち、
ときに変化の兆しに気づきながら関わり続けること。
その営みは、
未来へとひらかれた時間の中で、
神より授けられた、
静かで確かな働きです。

ねこといぬฅ🐾
無音に耐えられない、そわそわする。
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キノ(米

羽々

ボルド

しまづ

ルモグラフ
小中高って、イラストや絵を描いてて、将来はイラストレーターになれたらいいな、とか考えてた。ほんで、世に出すって前提(夢)があって、それがモチベーションで描いてたのか?
大学に入って、油絵とかは趣味で描いてたけど、その頃にはイラストほぼ描かなくなってて、つまり、前提が崩れていた(夢が叶わないとわかった)からなのか?
挫折したというよりは、スゥッと興味が引いていった感覚だったんだけど、それはモチベーションの源泉が、世に出すことで、ただ肌感で世間を知ったということだったのかもしれない。ちなみに血の滲むような努力とかは一切していない。
思うに、子供の頃から絵がうまいと言われてきて、いわゆる行動心理学における「強化」があったから、自分は描いてれば世に出せるという(世間を舐めた感じの)認知になっていたのかもしれない。
そう考えると確かに、イラストや漫画を描いているときに純粋な楽しさを感じていたけれど、頭の中では、世に出ている姿(マンガ雑誌に載っていたりアニメ化されてたり)があったかもしれない。
これに至る比較対象としては、「社会人になった今でも描くことをやめていない人」。
すごいな、なんか羨ましいな、と感じると同時に、何かしらの違和感を抱いていたけど、そうか、これか…。きっと世に出す前提で描いていない人のモチベーションがわからなかったんだな。
もちろん、その人たちも発表の場があれば嬉しいとは思うのだろうけど、それを前提とはしていない。純粋に好きで、楽しくて描いている。やっぱりそのまっすぐな感じはうらやましい。今その感覚を入手したいとは思わないけど、あのワクワクしながら描く線が止まらない感覚、すっごくいいよね、とは振り返ったりする。
これに気づいてなにかの転機にはならんのだろうけど、小さい頃の自分のフワッとした行動原理を因数分解できたのは、ちょっとスッキリしたかもしれないな。なにこの駄文

遼也🍶

てらに
蜜がいるか…

緋臣

モアイ

風見猫
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