共感で繋がるSNS
GRAVITY(グラビティ) SNS

投稿

仁

ゴキブリを素手で捕まえ、外に逃す と言うコメントを見て、その発想に戦慄を覚えた。
ウチでは嫁が見つけ大騒ぎして、僕が一掴みのティッシュで押さえ込み、そのまま握り潰して外の生ゴミ入れに投げ込むのが習慣だ。殺すことになんの躊躇いも覚えない。当たり前に行われる作業に過ぎない。 ふと思った(悪い癖)。 家に迷い込んだ蝉を僕は丁寧に外に逃す。猫が咥えてきたヒヨドリの雛をハンカチで包み、空き地の隅に埋める。この違いはなんだ!(悪い癖)  
今東光がプレイボーイかなんかの人生相談で解答してた事を思い出した。作家で(お吟さま 悪名 等)天台宗の坊さんで、一時参議院議員もやった彼が、読者の殺生についての回答だった。ズバリ生き物を殺すのは罪ではないのか?の回答であった。
教義として仏教は殺生を禁じる。だが実状として、僧侶は肉や魚を食う。(生臭坊主)しかし、修行中はその戒律は厳しく強制される。 彼が比叡山での修行中、夏 坐禅を組んでいると、数え切れないほどの蚊がたかってくる。教義上叩き潰すわけにもいかない、それどころか坐禅中だから身動きも許されない、血を吸われるに任せるしかない。 体中にたかっていた蚊は、やがてパンパンに腹を膨らませ、身動きもできなくなりパラパラと目の前に転がってくるらしい。今東光は、坐禅を組みながら、明らかな殺意を覚えたらしい。 確か、人は矛盾の中で生きている。蚊も殺すし肉も食う、それで地獄に落ちるんだったら仕方ないじゃないか、自分の好きなように生きりゃいいんだ。 みたいな解答だったと記憶している。 蝉は逃す ゴキブリは殺す、 一瞬感じた自分の矛盾を その記憶で乗り越える。

なんか バカみたいな話すみません。
GRAVITY2
GRAVITY2

コメント

仁

投稿者

1 GRAVITY

この問題はちょっとつらいものがありますネ、 教育の一つの例(実験)として、子供たちに子豚を育てさせ、そして殺して食べさせる、ということがあります。この当たり前の作業に目を背ける自分が情けなくなる時があります。その文章には、殺される前豚の肌が真っ赤になったとあり、食べ物への感謝を体験させるというそのやり方に、嫌悪を覚えた僕は、本当に卑怯者だと思いました。

返信
正宗(ろー)

正宗(ろー)

1 GRAVITY

元嫁がヴィーガン&動物愛護だったのでこのあたりはよく考えました。 ペットが死んだらお葬式やって、その日の晩飯に肉食べますからね。 ペットの命と家畜の命は何がちがうんだろう、と。 (血が繋がってない)娘は、小学生のときに鶏を絞める体験を母と共にしていまして、普段無意識に食べてるものが、『何なのか』を気付くきっかけは与えられたかと思います。 牛乳も考えるとなかなか闇が深かったりしますね。 学校給食への導入の敬意も含めて。 無意識に見落としていること、知らないことだらけです。 無限の前ではどこまで知っても入り口に立っているにすぎない。 そんな感覚を持ちます。

返信
関連する投稿をみつける
話題の投稿をみつける
関連検索ワード

ゴキブリを素手で捕まえ、外に逃す と言うコメントを見て、その発想に戦慄を覚えた。