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こまち^_−☆
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ゆう
分かりやすいか知らんけど、写真にも同じこと書いてます。
自分のスマホは自分の名義、自分のクレカで支払いっていう感じでやっているんですね。
社会人なって機種変する時に支払いを勝手に母親のクレカ→自分のクレカに変えた時に、そのスマホ会社で働いている親戚の人から聞いたんですけど、母親と多分弟(中学生)のスマホの支払いとかは母親なのですが、名義は自分になっているということを聞いたんですね。
その時19歳だった自分は驚いて詳しく聞いたら、
離婚して疎遠になっている父親と母親は昔未払いが多くてブラックリストに載っているから名義にできないと。
それで兄弟の中で先に中学生になった自分を名義にしてスマホを買ったらしいんですよ。
その話を聞いてそんな人たちの名義になりたくないじゃないですか。
それで名義の変更をするには今の名義と変更先の名義の人を一緒にお店に行かなければいけないと。
もう自分と母親は縁を切っていて、兄弟とも縁を切っているんですよ。なので会いたくないし、住所も知られたくない。
自分詰みました。一生この闇に居なくてはいけない。終わり


自称か弱い男の子

Carl Uncle
その言葉は、被害者遺族として極めて自然な感情であり、否定されるものではない。
しかし一方で、過去には、学校の校長就任をめぐり忖度が指摘される状況の中で追い詰められ、自ら命を絶ったとされる人物がいた。この方の妻も、同様に「かけがえのない夫」であったはずだ。
その妻の夫の葬儀は、国葬として約12億4千万円もの公費を用い、盛大に執り行われた。一方で、命を絶った当人の葬儀は、限られた関係者の間で静かに行われている。
また、この国葬をめぐっては、世論調査などで国民の半数以上が「国葬を行うべきではない」との意思を示していたとされる。それにもかかわらず実施が進められ、その過程では、焼身自殺未遂という極めて痛ましい形で反対の意思を示した人がいたことも、私たちは忘れてはならない。
この一連の対比は、命の重さや扱われ方が、立場や権力、そして「公」と「私」の線引きによって大きく異なってしまう社会構造の存在を、私たちに突きつけてはいないだろうか。
「誰の命が公的に悼まれ、誰の命が語られないのか」
「誰が記憶され、誰が沈黙の中に置かれるのか」
善悪を単純に二分するのではなく、命と責任、そして権力の在り方について、私たちは立ち止まって考える必要があるのではないだろうか。
#裁判
#民主主義
#自民党
#忖度
#森友問題
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