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ゆきぬ

ゆきぬ

やわらかい花が咲いていた。庭に。
わたしはそっと手にふれて、そのやわらかさを感じていた。ふれるたびに波紋のように香気がひろがり、わたしのなかの仏壇が静けさを持ちあげているようなけはいがする。
花はいつも仏間に飾られていたが、すこし萎れかけて、寂しそう。
だけど庭を見ると仲間の白い花たちが笑いかけてくれる。
それですこし元気がでて、やわらかい花もそっと微笑んだ。庭の石灯籠は日差しのなかで溶けかけていた。そこには麦わら帽子をかぶった少年がひとり。
どうしてひとりぼっちでいるの。
そう問いかける蟬たちに、少年は背中の天使の羽を見せる。
ぼくにも、光があるんだ、とでもいうように。
少年はすこしだけ涙をこぼし、それから時代の混乱のなかへと吸いこまれていった。
いつか彼がこの庭に戻ってくるときには、この庭はやさしくて、やわらかい花が咲いているだろう。それまでずっと笑っていてね。

そうつぶやくひまもなく庭には雨、雨。もしかするとこの雨は、にんげんの苦しみを模写した婦人の、心のなかに降った雨かもしれない。
雨はやむことがない。
婦人はいつか少年を模写したこともあった。
そのときにも雨は降ったが、雨上がりには美しい虹がかかった。
そのときあらゆるものが尊い存在で、守られていることにようやく気づいたのだと。
虹は精一杯輝いていた。婦人は嬉しくて泣いたのだった。はやく少年に戻って来てほしい。
あの天使の少年に。戻ってきたころには逞しい青年になっているかな。

背中の天使の羽は輝いているかな。
やわらかい花が咲く庭のなかを、生きものたちは、ただ懸命に生きている。生きている。
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