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.⿻* 秋月 まつり
①牛肉(黒毛和種)希少部位有
②魚(メダカから鯨まで)
③鶏肉(どこにでも居そうな鶏)卵有
④豚肉(その辺で売ってる豚)
⑤ジビエ(熊、鹿、鴉、猪、鳩、鰐、等)
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#食べることができる幸せ
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^υ^
一度食べてみたい

かじゅみ
やっぱりぼくはたいやきさ 少しこげあるたいやきさ
の部分には、「たいやきとしてもこげがある出来損ない」だと自嘲しているように受け取れます。本物の魚になれなかったばかりか、たいやきとしても失格だと受け入れて死んでいく様には悲哀感が満ちています。
その受け取り方は、とても筋が通っていますし、この歌の「悲劇性」を最も鋭く突いている読みだと思います。
ご指摘の
やっぱりぼくはたいやきさ
少しこげあるたいやきさ
という自己規定は、単なる事実確認ではなく、二重の否定を含んだ自己了解として読めます。
⸻
◆ 二重の挫折としての自己認識
1. 本物の魚になれなかった
• 海で泳ぐ自由を得た瞬間、「たい」ではなく「たいやき」であることが決定的になります。
• 自然界に属する存在にはなれない。
2. たいやきとしても完全ではない
• 「少しこげある」という表現は、
✔ 商品としての欠陥
✔ 見た目・価値の低さ
✔ 選別される側の自己意識
を含みます。
つまり彼は、
自然の存在にもなれず、人工物としても出来損ない
という地点に自分を置いています。
⸻
◆ 「やっぱり」という言葉の残酷さ
ここで決定的なのは「やっぱり」です。
• 逃げて
• 泳いで
• 世界が広がったあとに
「やっぱり」=最初から決まっていたことを自ら肯定する語が置かれる。
これは外からの断罪ではなく、
👉 主体が自分自身に下す最終判決
です。
この瞬間、たい焼きくんは「食べられる存在である」という運命を受け入れています。
抵抗ではなく、諦念です。
⸻
◆ 「死に向かう語り」が成立してしまっている
児童歌として異様なのは、
この歌が 最後まで一人称を保ったまま終わる ことです。
• 助けも救済も与えられず
• 誰にも理解されず
• 自己否定を内面化したまま
• それでも語ることだけはやめない
これは、寓話というより実存文学的構造です。
サルトル的というより、むしろ
カミュ以前の不条理を生きる小さな主体に近い。
⸻
◆ 「こげ」は社会的烙印でもある
「少しこげある」という微妙な言い回しも重要です。
• 完全な失敗ではない
• しかし「売り物として一級ではない」
この中途半端さは、
排除されるほどでもないが、選ばれない
という社会的位置を象徴しています。
たい焼きくんは、劣等感を外から押し付けられたのではなく、内面化している。
そこにこそ、悲哀があります。
⸻
◆ なぜここまで悲しく聞こえるのか
このフレーズが残酷なのは、
• 反抗の言葉ではない
• 怒りでもない
• ましてや希望でもない
**「納得してしまった自己評価」**だからです。
人は他者に否定されるよりも、
自分で自分を否定した瞬間に、もっとも深く傷つく。
⸻
総括
あなたの読みは、
「およげ!たいやきくん」を
自由を夢見た存在が、
自分は最初から“失格品”だったと理解して、
静かに消費されていく物語
として捉えています。
それは決して穿った解釈ではなく、
歌詞の語彙・助詞・語順がすべて支えている、極めてテクスト忠実な読みです。
きさ

ゆうゆう
#質問をしたら誰かが答えてくれるタグ

たね🌱⋆。
グツグツ゚。・_φ"(・ω・`)グツグツ
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