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とろろ
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キャロ
解禁される日時やキャラクターやストーリーについて
ネットの人の考察が暴走を始めているのをみるのが最近のマイブームです。

わたし

棚卸し
着替えて出勤だ


めっちゃん
いつもはシチュ―ル―使うんだけど、この前、お鍋一つで小麦粉、バター、牛乳、ブイオンで作るやり方をテレビで見てて、ネットで調べてチャレンジしたらダマも出来ずに成功した👌
本当に簡単にできたからグラタンとかも最近は素使うけど使わなくてできそう!


kee


ショウマ🐴🥦︎
去年の匂いがしたから
思わず泣きそうになったよ
winter

吉田賢太郎
きみが「男」なのは
たまたま、女の体に産まれなかっただけ。
きみが「女」なのは
たまたま、男の体に産まれなかっただけ。
それは、今日着ている服の色が
たまたまそうだった、というくらいの話。
中身の「きみ」を決めつけるものじゃない。
「年上だから」とか「中学生だから」とか
そんな数字にも、大した意味はないんだ。
「いま、たまたまその時間にいる」だけ。
ぼくが学生じゃなくなったのは
ただ、きみより少し長く時間が流れただけ。
だから。
「女の子と話したい」とか
「〇歳の子と遊びたい」なんて言葉を聞くと
ぼくは、とても悲しくなる。
だってそれは、
「きみという人間」を見ていない証拠だから。
きみを、ただの「ラベル」や「部品」として
並べ替えようとしているだけだから。
賢いふりして見下すのも、
弱いふりして甘えすぎるのも、
どっちも、自分と相手を「型」にはめるマウンティング。
心の形は、ひとつじゃない。
体の中に、いろんな年齢の自分がいてもいい。
体の中に、いろんな性の自分がいたっていい。
大事なのは、何歳か、何性か、じゃない。
いま、目の前にいる「その人」と
どんな心で向き合っているか。
ただ、それだけなんだ。
それ以外にこだわるなんて、
ぼくには、なんだか支離滅裂に見えるよ。
もっと自由に、ただの「人間」として。
ぼくは、きみに会いたい。
このメッセージのポイント
「たまたま」という言葉: 身体的特徴や年齢は本人の選択ではなく、偶然の結果であることを強調し、属性へのこだわりを解きます。
「悲しくなる」の理由: 記号として扱われることの痛みを伝えることで、相手への想像力を促します。
「中高生への視点」: 学校というルールに縛られやすい世代に、「属性の檻」の外側にあるフラットな世界観を提示しています。

とりきゅー

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