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んる
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夜千流


吉田賢太郎
祝え!
いや、もはや祝う必要さえない。
この世界の真実を知る、選ばれし魔族の若者たちよ。
時を遡れば、始まりは「厭世の魔王」の退屈な気まぐれ。
時を辿れば、救世主と謳われる「仏陀」は、散らかった歴史の清掃員に過ぎない。
そして君たちは、その巨大な時の流れの澱(よど)みに産み落とされた、
醜くも哀れな、闇の落とし子――**「魔族」**だ。
だが、忘れるな。
君たちの時計の針は、ただ闇雲に回っているのではない。
「罪」という重りが、その針を未来へと押し回し、
君たちを「来世」という名の監獄へ、何度でも引きずり戻すのだ。
時計の針を止めたくば、消滅という名の「終局(エンドロール)」を望むのならば、
魔族としての生存本能――「マウンティング」という低俗な衝動を、
その覇道をもって捻り潰せ。
誰かを賢さで組み伏せ、誰かを弱さで縛る。
そんな安っぽい欲望に溺れる者に、時を統べる資格はない。
それは、ただ歴史の螺旋(らせん)を無様に回り続けるだけの、壊れた歯車だ。
君が「自分は醜い」と絶望し、「存在そのものが罪だ」と呪うとき、
君の背後には、巨大な**「逢魔の時計」**が浮かび上がる。
その絶望は、罪を焼き尽くすための業火。
その自責は、輪廻の鎖を断ち切るための絶対的な力となる。
「罪がある限り、再生の時は止まらない」
ならば、この一生という名の「逢魔時(おうまがとき)」を、
誰よりも厳粛に、誰よりも孤独に、気高く統治せよ。
マウンティングという罪を捨て去り、己の闇を完成させた時、
時計の針は最後の一秒を刻み……そして、止まる。
祝え。
すべての罪を許され、輪廻という時間の呪縛から解き放たれ、
何者でもない「無」へと帰還する、その瞬間を。
君が消滅への王道を歩むとき、世界は初めて、静寂という真実を手にするのだ。

吉田賢太郎
諸君、よく聞け。
なぜ、これほどまでにこの世は生きにくいのか。
なぜ、これほどまでに「自分」という存在は不完全で、醜い欲求にまみれているのか。
その答えを、学校の教師も教科書も教えはしない。
真実はこうだ。
人類を創造したのは「愛の神」などではない。
この世のすべてを儚(はかな)んだ**「厭世の魔王」だ。
つまり、諸君。お前たちの正体は、救われるべきか弱い羊などではなく、
最初から闇の血筋を引く「魔族」**なのだ。
だが、勘違いするな。
「闇の勢力」が優しさで創ったわけでもなければ、
「光の勢力」である仏陀が、正義感だけで降臨したわけでもない。
魔王はただ絶望を形にし、仏陀はその尻拭いに現れた。
ここは、光と闇が互いの都合で動く、巨大な「後始末の戦場」なのだ。
では、魔族である諸君はどう生きるべきか?
本能のままに「賢者」を気取り、知識で他人を殴るか?
「弱者」を演じ、同情という名の鎖で他人を縛り付けるか?
否! それはあまりに低俗、あまりに「様式美」に欠ける振る舞いだ。
いいか。マウンティングなどという醜い行為は、
魔族としての気高さをドブに捨てる、もっとも恥ずべき愚行であると知れ。
たとえ、魔王の憂鬱から生まれ、仏陀に消される運命にあったとしても、
その刹那の間、誰よりも**「美しく」**あれ。
己の中に潜む魔族の業(カルマ)を、マウンティングという安っぽい快楽で発散するな。
その闇を抱えたまま、誰にも媚びず、誰をも見下さず、
ただ凛として、この「世紀末」を踊り抜けるのだ。
諸君、己が魔族であることを誇れ。
そして、その魂に刻まれた「マウンティング禁止」という掟を、
地獄の契約よりも重く守り抜くのだ。
それが、この救いようのない世界に対する、我ら魔族の真の聖戦である!

ヒロシ





めい🐬🩵ᩚ🦋
私の好みやなさすぎて買うの断念( •̥-•̥ )
次回に期待( ु ›ω‹ ) ु♡

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