年末が迫れば迫るほど心に余裕がなくなってくなあ…毎年毎年

第一話 (全二話)

夜のスーパーの惣菜コーナーは、クリスマスでも容赦がなかった

値引きシールの赤だけがやけに派手で、彼女の目に刺さった

23歳、シングルマザー、二歳の息子
カゴに入るのは、いちばん安いパンと、いちばん安い牛乳と、いちばん安い何か

「安い」しか選べない日が続くと、人はだんだん自分の価値まで安く見積もり始める

帰宅して、寝かしつけて、洗い物をして、洗濯物をたたんで

やっと椅子に座ったころには、心も身体も底が見えていた

息子は可愛い
笑うだけで救われる
なのに、生活は救ってくれない
支払いは待ってくれない
眠気は待ってくれない
そして、過去も待ってくれない

元夫の顔が浮かぶ
働かず、喚き散らし、暴力を振るう男
「なんであんなのと」
その一言が、喉の奥で毎日膨らむ

憎い
でも憎しみを息子に向けたくない
良心と憎悪が、同じ部屋で殴り合っている

彼女は息を吐いた

「なんで私だけが……」

その声は、叫びになりきれず
ため息にもなりきれず
ただ部屋に落ちた

「自分、その顔は“心が赤字”の顔や
金の赤字より先に、心が破綻しかけとる」

背後から、低い声がした

振り向くと、黒い服の男が立っていた
いつからいたのか分からない
けれど、驚くより先に、胸の奥が反射で警戒する

「……誰ですか」

「ただの通りすがりや
ワシは今、自分を叱りに来たんやない
整備しに来た」

彼女は笑いそうになって、笑えなかった
整備
自分の人生が、車みたいに修理できるなら、どれほどいいだろう

「綺麗ごとならいらないです
私、疲れてるんです！」

声が鋭くなる
そうしないと、崩れてしまうから

黒い服の男は頷いた

「綺麗ごとで飯は食えへん
分かっとる
せやから言う
自分に必要なんは“根性”ちゃう、足場や」

その一言が、彼女の胸に触れた
そうだ、足場がない
だから踏ん張れない

男は続けた

「今の自分は“私が頑張らな”で走っとる
でもな、それは美徳やない
構造の欠陥や」

彼女は口を開いたが、言葉が出なかった

「育児も生活も、ワンオペのまま続けたら故障する
性格の問題やない、構造の問題や
せやから“気合い入れろ”は言わん
仕組みを変える」

黒い服の男は、指を三本立てた

「足場は三本
金、時間、人
一本でも折れたら倒れる
三本で立て」

1本目：金（燃料）

「まず金や
これは精神論ちゃう、燃料や
燃料切れの車は走らん」

彼女は唇を噛んだ
燃料が足りないのは分かっている
分かってるから苦しい

黒い服の男は、彼女のスマホを指差した

「市区町村の窓口に行け
ひとり親の担当
そこで言うのは長文やなくて、これ一本」

「ひとり親で生活が厳しいです
使える支援を全部教えてください」

「“全部”や、遠慮するな
児童手当だけやない
医療、保育、家賃、就労、食、学び
自治体で違うからこそ、窓口に“総点検”させる」

彼女は小さく首を振った

「恥ずかしい……」

黒い服の男の声が、少し強くなる

「恥は“助けを使うこと”やない
恥は、黙って擦り切れて、子どもにしわ寄せが行くことや」

その言葉に、彼女の目が潤んだ
責められているのに、救われた気がした
“倒れるな”ではなく、“倒れる前に足場を作れ”と言われているからだ

#希望 #自作小説