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Came
一部順不同…しかし…ノンポリ極まれりだな…我ながら(wwwwww
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ゴトー(と🐱)
庶民の便利な足であったこのそりですが、当然ガキどもは普通には乗らず、テンションMAXでカッ飛びます。歌詞の中に出てくる“Two-forty as his speed”とは、当時の馬の速さを示す基準であるところの「1マイル(約1.6km)をどれぐらいの時間で走れるか」という数字でした。「2分40秒」というのは換算すると36km/h、当時の感覚では雪上でそり牽引でこのスピードはとんでもない俊足でした。当然すっ転びまくるわけですが、転んだって雪の上。お構い無しにまたかっ飛ばしていくのです。おめーら元気だなってなもんです。当然、親の目を盗んで一晩中走り回ります。「シャンシャンシャンシャンうるせーぞ悪ガキどもが!」ってな感じで、まさに暴走族と言っても過言ではないでしょう(私見)
そしてそんなんがモテたりするもんだからわからんもんです。曲中でも華麗な走りを決めたらファニー・ブライト嬢の心が射止められんとばかりにポンコツ馬をすっ飛ばして雪だまりに突っ込んだりしています。馬鹿ですね。
そしてそんな様子を、「まあまあ、俺たちにもあんな時代があったじゃないか、なあお前」ってなもんで村社会全体がそれを許容する空気があったのではないかと、まあ想像するわけです。度し難い。
この詩を作ったのはどっかの牧師さんで、自分の教会での感謝祭に向けて作ったと言うことですが、まあなんというかこの牧師さんも少年時代は大変面倒な子だったようで、Wikipediaから引用すると、
1832年、ジェームズは10歳でニューハンプシャー州の寄宿学校に送られた。1年の間に何度も学校を脱走した後、彼は母親に宛てた手紙の中で、学校が12月の雪の中をソリを走らせて、彼が脱走するたびに彼を探し出して連れ戻してくれたことについて書いた。彼はソリの鈴の音を聞き分けてソリが近くにいることを知るようになったため、彼を捕まえるのはますます難しくなり、これが「ジングルベル」の歌の由来となった。また、彼はソリを引いている馬を矢で射殺しようとしたこともある。1836年の最後の脱走で、ジェームズはシャーク号という捕鯨船に乗って海へ逃げた。
だそうで。まあだから陰気で説教臭い普通の坊主とは違い「おい、あの坊さん、結構話せるぞ」ってなかんじの、人間味あふれる坊さんであったと考えられます。
そんな生臭坊主が書いたジングル・ベルも今ではすっかり毒気が抜かれてしまいましたが、当時はこんなんであったに違いないと断言します。知らんけど。


たま

らいむ

maiGR+
さて、推しさんにバレてる奴はどうする?
ニヤニヤしながら読んでくれるタイプじゃないぞ
ひひひ
#好きの伝えかた
#ラブレター
#心はあたたまりますか?

syk

けるん
しかも🇬🇧の変なクラブの。
ロンドンのアーヴィン通り(Irwing St.)には写真みたいなビルがあって、その一室には、会員しか入れない部屋がある
そこでは土曜日の夕方、会員の紳士たちがだべりながらステーキを食べている。
そのクラブの名前はストレートで、「Beefsteak Club」という。
会員はイギリスの政治家、俳優、作家、学者など(かつては王族もいた)
🇬🇧は階級社会だけど、このクラブでは階級は関係なく、到着した順に偉いことになる
それと会員には守るべき約束が一つ。ウェイターのことは全員「Charles」と言う名前で呼ばなければならないしきたりがある(由来は知らない)
ロンドンに行ったら、みんなもこのステーキクラブのことを思い出してくださいね

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コヒノ
#ラジグル #河瀬詩 #ナナニジ

COCCO@ネ

如兎🐇
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