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とあ
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黒縁メガネ
夕暮れ前、住宅街にトラックの影が伸びた。
配達員の涼太は、いつものようにインターホンを押す。扉を開けたのは、落ち着いた微笑みをたたえた主婦――真紀だった。年齢を重ねた身体の線は、柔らかく、それでいて芯がある。エプロン越しに漂う石鹸と紅茶の香りが、涼太の胸の奥を静かに撫でた。
「いつもありがとう」
短い言葉なのに、声は低く温かい。受け渡しの一瞬、指先が触れ、互いに視線が外れなくなる。理屈ではない予感が、そこにあった。
それから数週間、配達は会話の時間になった。雨の日、真紀は濡れた彼にタオルを差し出し、台所で温かいお茶を淹れた。湯気の向こうで、彼女は髪を耳にかける。首筋の白さ、肩の丸み、言葉を選ぶ沈黙――涼太は、触れたい衝動を必死に飲み込む。真紀もまた、彼の若い体温を意識しているのが、視線の揺れでわかった。
ある日、荷物が重く、涼太は玄関でよろめいた。真紀が支える。胸と胸が近づき、呼吸が混ざる。彼女の身体は思った以上に柔らかく、しなやかで、腕の中に収まると安心するようだった。
「無理しないで」
囁きは、叱るよりも甘い。
その夜、雨音に背中を押されるように、二人はソファに並んだ。触れるか触れないかの距離で、言葉は途切れがちになる。涼太がそっと手を伸ばすと、真紀は拒まず、手の甲に自分の指を重ねた。体温が重なり、鼓動が速くなる。唇は触れ合わないまま、息だけが近づく。彼女の瞳には、長い年月で磨かれた深さがあり、欲望と躊躇が同時に映っていた。
「……大人の恋ね」
真紀の微笑みは、若さに寄りかからない強さを帯びていた。涼太はその言葉に、軽さではなく責任を感じる。肩に手を回し、彼女の背中の曲線を確かめるように抱き寄せる。真紀は静かに身を預け、胸元に顔を埋めた。布越しに伝わる温もりが、二人の境界を溶かしていく。
深夜、雨は止んだ。別れ際、玄関で真紀は彼の頬にそっと触れた。
「また、来て」
その一言が、約束になった。
翌日から、配達は以前と同じようで、違っていた。言葉少なでも、視線と指先が語る。触れ合うたびに、二人は互いの身体と心を丁寧に確かめ、踏み込みすぎない熱を育てていく。濃く、静かで、逃げ場のない恋が、確かにそこにあった。
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