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すずめ
日本語ほど繊細で、柔らかく、変幻自在な言語は無いと思っている。
そしてたった一言で済む言葉に色をつけられるのも、日本語には敵わないとすら思っている。
決して外国語が嫌いとか、苦手とか、日本人第一主義ではないの。
だけど、日本語ほど多彩で、外国からの文化を日本の生活に落とし込んだ言語はないんじゃ無いか?と思うのね。
かつてはイタリア語で歌を歌う事を学んでいたし、仕事で外国の方の対応があって英語も日常会話くらいなら習得したけど。
ここ最近、改めて思ってるんだ。
わかりやすい所でいうと、若者言葉。
古い所だとナウい。今のエモいもそう。
今どきの、今っぽい事をNowで表現していたり。
日本語に翻訳すると感情が動くとか説明的な言葉のemotionalを総称として使ったり。
すごく柔軟でニュアンスを大切にしているんだなと思うのね。
もっと言うと当て字も良い物がたくさんある。
外国から入ってきた物事に漢字を当てたり、意味がわかりやすいようにしたり。
そういう受け入れる姿勢を感じるのね。
もっと言うと同じような色に色々な名前があって、同じ物事もいろいろな表現があって。
外国語がそういう表現に乏しいとか、劣ってるとかではなくて、漢字二文字で多彩な感情を表現したり、一文字で色々な意味があったり。
すごく誇りに思っていいと思うんだ。
なんでこんな話を、と思われるだろうけど。
とある元プロの歌い手の方とお話していて、昭和初期の歌を聴かせていただいたのね。
ただ一言に色が着くというか、大きな言葉は使ってない日常が歌になるというか。言葉数が少なくても心情が浮かぶ歌詞だな、と思ったの。
今の歌は説明しすぎる。
って、私が若かった頃に音楽雑誌に書かれていて。その当時は言われてる意味があまり深く理解出来なかった。
自分が若さを失って、成熟してきて、静観する事や言葉にしない事を覚えて今。
今の音楽は私が音楽に一途だった頃より多彩で、素晴らしいアーティストもたくさん居るんだけど。
説明的すぎる歌詞、語りすぎる歌、と語っていた人の言葉の真意を知った気がする。
私の中の原点回帰、なんだと思う。
こんな事を考え始めたのは、自分という人物を知りたくて古今東西の色々な考え方や思想の勉強を始めたからかもしれない。
思えば古文は文字数も少なくて、言い切っているのかいないのかの表現もあって、余韻が美しいなと思いながら読んでいたんだよね。
大人しいと言われる日本人だけど、何にも考えてない訳じゃないし、言わない事で上手く行く事もある。
欧米の文化、思想も素晴らしい物もたくさんあるから。
全てを倣うのではなくて、私として吸収して取り入れる。その感覚でいよう。
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