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障子の目と口
俺は、科学とは、手法であって、それによって導かれる結論が正しいかどうかとは全く別やと思っております。
その手法で、ある結論を立証したり覆したりするわけです。
やから、科学それ自体は万能でもないし、一方で、手法とも言えるけどある意味共通の言語でもあると言えるんやと思っとります。
すれ違いを感じたのは、次のようなやりとり。
あるものの安全性の話で、俺は、安全性の主張も危険性の主張、どちらもあるのはわかるけど、俺は科学とは手法やと捉えていて、危険性の主張の方が科学からぶっ飛んだものが多かったという認識(だからと言って正しいかどうかではない)を述べたのですが、
話し相手の方からは、安全性を否定する結果が出てきたのだから、それまで安全性を主張してた側が非科学的だったとおっしゃる、つまり科学的=結果の正しさという認識だった模様。
全然科学的でない主張をする人達が、科学的には自分達が正しいと確信しているのは、科学とは正しいものであるという誤認があるからなんやろうなぁ。
科学をやっている者は、常に科学的な事柄を科学によって疑い検証し、あるいは信頼するわけなのですが。
コメント
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IKU (OH中

みっち
47キロ!
のやりとり好きなんだよなぁ。本気で喧嘩してるんだけど上手いこと言えるだけと余裕はあって、女子同士で厳つい車でダウンヒル攻めてて自分たちより強い相手に焦りながら挑んでる場面で。

ふうせ

開源🐴

タルタ
ありがたい笑
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手法としての科学的であるからこそ、コストがかかりすぎる検証はしないこともありますね。 モデリングしないフィードバック制御などのように