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まに

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久しぶりに「水曜どうでしょう」を見てしまった。Netflixでなんとなく見かけて、軽い気持ちで再生したら止まらなくなった。大泉洋が無茶を言い、ミスターが疲れ果て、そして画面の外からディレクターの声が飛んでくる。普通のテレビでは裏方に徹するはずの人たちが、カメラを持ちながら堂々と前に出てくる。気づけば、もう出演者と変わらない。むしろ、番組を動かしているのは彼らなのかもしれない。そういう歪んだバランスが可笑しくて、つい笑ってしまう。

いちばん好きなのは「ヨーロッパの旅」での「ここをキャンプ地とする」という場面だ。ヨーロッパシリーズはファンの中でも好きな人が多く、メンバーが喧嘩しながらも目的地を頑張って目指す旅。その旅の中で、宿が見つからず、仕方なく路上でテントを張るしかなかった日がある。決して気まぐれでもなければ、ふざけていたわけでもない。けれど、大の大人が真顔で「ここをキャンプ地とする」と宣言して、その場を寝床に変えてしまう様子は、なんとも言えずおかしくて、羨ましかった。状況に追い込まれているのに、笑いながら受け入れてしまうその態度は、予定調和のない輝きを放っていた。

映像を見ながら思った。自分もこんな企画をやってみたい。大人が集まってキャッキャと笑い、何の役にも立たない記録を残す。ただそれだけのことを。けれど現実には難しい。自分には会社があって、社員にやろうと言えばできそうではある。ただ、そういう職権濫用を使うのはよろしくない。それに、会社でやるとなると「ビジネス」になり、それは遊びではなくなってしまう。しかも、メンバーは干支が一周違うほど年齢が離れている。笑いのツボも違えば、何を楽しいと感じるかも違う。自分が「ここをキャンプ地とする」と言っても、響かないかもしれない。

それでもやっぱり、画面の中で大人たちが笑っている光景に惹かれてしまう。夜の道を走り、疲れと眠気に押されながら、どうでもいいことで盛り上がる。大人になればなるほど、そういう「やらなくてもいいこと」は削られていく。効率や責任の言葉に置き換えられて。

でも「水曜どうでしょう」には、やらなくてもいいことに全力で向かう姿が残されている。路上でテントを張りながら、本気で笑っている。あれはきっと、家庭や仕事では得られない種類の幸福だ。

いつか何かのタイミングがあれば、ただおじさん達でワイワイするだけの記録を残したい。どこかの駐車場でもいいし、公園のベンチでもいい。「ここをキャンプ地とする」と勝手に宣言して、どうでもいい話をして、笑って、それを映像に残す。誰に見せるわけでもなく、ただ自分たちのために。そんな無駄な時間が、きっと一番長く心に残る。もしも、寿命か何かで死ぬ前のなら、自分も含めたおじさん達が生産性のない無駄を詰め込んだ企画をやる映像を見ながら最後を迎えたいと思った。
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