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おじさん

おじさん

小さな交差点
その小さな交差点では、時折、車ではないものが交差する。
ある日の午後三時、東からやってきたのは、銀色の脚がにょきりと生えたやかんの行列だった。彼らはぴかぴかの体を揺らし、蓋をカタカタと鳴らしながら、厳格な足並みで横断歩道を渡っていく。西から来たのは、たった一匹、巨大な金魚だった。アスファルトの上をまるで水中であるかのようにひらひらと泳ぎ、やかんの行列が通り過ぎるのを律儀に待っていた。
信号機は、そのすべてをただ黙って見ていた。
赤は「止まれ」ではなかった。赤は「かつて君が忘れた夢を見なさい」という合図だった。すると、交差点の中央で、卒業式の日に渡しそびれた手紙の記憶が、真っ白な大型犬の形をとって現れる。
青は「進め」ではなかった。青は「まだ誰も知らない歌を聴きなさい」という合図だった。すると、どこからともなく、雨粒が石畳を叩くような、それでいて温かいメロディーが流れ出し、記憶の犬は心地よさそうに目を細めてそれに聴き入るのだ。
やがて、やかんの行列は去り、金魚も見えなくなり、記憶の犬も淡い光になって消えていく。
信号機はまた一つ、瞬きをする。
「チカ、チカ」と、まるで秘密の言葉を囁くように。
この交差点では、誰も急ぐ必要はない。
なぜなら、本当に渡るべきものは、いつだって目には見えないのだから。
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