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とんこつ
一方、「みんななにかしらの特性はあるし、今のうちから心配したってどうにもならないんだから心配するだけ無駄」と考えてしまう私。
みなさんはどっち派ですか?
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ヒノキ

ひろう

みぃ🐈
パッツパツンの使い方は?
パッツパツンは、主に服や靴が体にぴったりフィットしている状態を表す言葉です。以下のように使うことができます。
服装について: 「このドレス、パッツパツンで動きにくいなぁ。」(体にぴったりしすぎて、動きづらいという意味)
靴について: 「この靴、パッツパツンで足が痛い。」(靴がきつすぎて、足に負担がかかるという意味)
食べ物について: 「このおにぎり、具がパッツパツンに詰まってる!」(具がぎっしり詰まっている様子を表現)
この言葉は、特にフィット感や詰まり具合を強調したいときに使うと効果的です。

ちょこ
自信ね。

名有り
でもホラーすぎると怖すぎて遊べない

ラーメ

あぎ☆

げっち
あれは国内にいたら絶対感じられない物だった。
何がどうかは俺からは語らないけど。
俺も悔しかったよ。
けど、上海から確実にのびてるから。
今度はしっかり見せつけて来てよね。

ぼーの
スクワットはやっぱり出力落ちてる
ベンチも不調のままでPRないかもしれん

夏
パッツパツンと似た表現は何?
「パッツパツン」と似た表現には以下のようなものがあります:
ギュウギュウ:何かが詰まっていて、圧迫感がある様子を表します。
パンパン:特に物がいっぱい詰まっている状態や、体が膨らんでいる様子を指します。
キツキツ:何かがきつくて動きにくい状態を表現します。
これらの表現は、物理的な圧迫感や満ちている様子を伝えるのに使われることが多いです。状況に応じて使い分けてみてください!
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あしょる🐈⬛
当事者です。 有名大学を出て、結婚もし、家庭は円満です。でも特性は強いです。 誰しも何らかの特性はあります。でも、もし、こどものうちにそれらに対する訓練(例えばトランポリンで体幹訓練をしてくれるところもあります、興味のあることへの対応も子どもの頃から訓練を受けられるか否かは大きいです)。 私は筋力はあるのに体幹が弱く、座っているのが辛かったので学校では勉強ができるのを鼻にかけて不真面目、と扱われたりしました。読み書きできるのに発語に問題があるため、国語の教師からは嫌われました。小学校で教師に嫌われるのは、長い間、私とのんびりやのはずの母に悪い影響がありました。
たま
発達障害、自閉症は生まれつきのもの。実際そうであれば早期療育はやっておけばよかったと後々後悔したとて時は戻せません。 さっさと白黒はっきりさせた方がよかったと後悔している派です。 (私が心配しだしたのは3才のとき、診断は7才。なぜなら、夫も周囲も心配しすぎ、心配したってどうにもならないと言っていたから。実際は…私の言ってたとおり。未就学児からしかできない療育もあったのに診断されたのは小学2年のとき。悔やまれます。小学校入る前に診断おりていればちがったのに)
どんちゃん
うちの娘は広汎性発達障害です。 どうにもならないことないですよ💦 早くに気付いてあげて、その子にあった支援をすることで、成長を促したり、対処することができるようになったりすることもあります。 3歳児検診で、専門の機関を勧められて検査を受けて診断されましたが、それまでは全く気付きもしませんでしたし、おかしいと思ったことはありませんでした。
もと
我が子のことを真剣に考えるからこそ心配してしまうのも分かる反面、 せっかくの可愛い時期に心配が先立つあまりに存分に可愛がれないのは勿体ないとも思います。 ただ、「心配するだけ無駄」とまではいかないかな…? 言葉尻だけでも夫婦はすれ違ってしまうかもしれないので… うちは今のところグレーで 一歳半くらいから心配で各所に相談→3歳から療育を受けてます。 健診は引っかかってないですし、特に診断もついてませんが、園での困り事が減ってきたので療育を希望して良かったと思っています。 変な民間療法とかも蔓延してますので、自治体によって対応は色々ですが公的機関に相談して繋がっておくのは良いことかと思います。
なかむ。
もし「我が子に障害があったらどうしよう」って奥様が思ってるなら、その子自身を受け入れてないみたいで引っかかるかもしれないかなぁ。 そうではなくて、どんな側面があっても愛してるよ、焦らずまわりと比べるよりその子のスピードで成長することもあるから、見守ってあげたいし、何か困ってたらできることはあるかな?のスタンスなら、感じ方が違うかなぁ。 障害は、診断があってもなくても「本人が困ってたら(その子の目の前に)障害がある」って言えるから、その障害を完全に取り除くことはできなくても、どう付き合っていけば生きやすいか、困ってることがあれば一緒に考えていきたい、って私は思います。