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ラセツ
・ラウンドワン市川鬼高
金筐体、メンテ状態とかは記憶にない。
配置がだいぶ地味なところにあるため、隣の弐寺の音が気になりさえしなければコソ練にはうってつけ。
近くには寿司、焼肉があるくらいでこの地域のラウワンにしては寂しいなという印象。
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もっと楽しみたいので……!

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頭で考えて好きになるものじゃないのは、わかってる。「落ちる」という言葉がぴったりくる瞬間があるのも、知ってる。
「好きになっちゃうものだよ」「必要かどうかじゃなくて、自然と起こるんだよ」
そんなふうに言う人が多い。
じゃあ、結婚したらもうそれは起こらないの?
失恋して、また誰かに落ちるとして、落ちやすい人・落ちにくい人って何が違うの?
落ちる確率ってどのくらい?
…わかんない。
私は一度だけ、恋をしたことがある。
その経験から、ひとつ確かなのは、恋はあまりに一時的で、あまりに深く人を傷つけうるものだということ。
「前の恋を忘れるには次の恋を」とよく言われるけど、私は「次に落ちる方法」も「恋を始めるコツ」もわからない。
失恋という大きすぎるリスクを抱えてまで得る喜びとして、割が合わないとすら思う。
だから、恋愛はしないと決めている。
でもそう言うと、必ずといっていいほど「恋愛のよさ」を説かれる。
まるで、恋をしていない人間は“欠けている”かのように。
けれど、私には、恋愛よりも夢中になれるものがある。
努力すれば上達し、失敗しても恋愛ほど深く傷つかず、それでも心が動く世界。
たとえば、ミュージカル。バレエ。茶道。
でも、これらの良さをどれだけ真剣に語っても、多くの人は「ふーん」で終わる。
恋愛は一大事として語られるのに、これらはただの趣味、で済まされる。
ここでもまた、“多い”が“深い”を押し流していく。
人生を恋愛一色で語るな。
その色に染まらない人間の感性も、ちゃんと生きている。
恋をしても、しなくても、自分の心が動く方向へ向かっている人は、みんな真剣に生きている。
誰もが、何かに夢中になる自由を持っていいはずだ。
どうして恋愛だけが「生きる上で必要なもの」みたいな顔をしてるんだろうって、ふしぎ。
#惑星初投稿
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