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しれぬ。
まず、愛とはなにかを考えてみる。愛とは、
・容姿や性質を好ましくおもうこと
(可愛い、格好いい、美しい)
・かのひとに強く執着すること
(いつもそばにいたい、話していたい)
・かのひとの幸福を願うこと
(心配する、応援する、擁護する、援助する)
などだろうか。
そもそも、愛するという行為はひとりでするものではない、愛する以上は対象が必須なのだから、それをどのように表現するかはついて回るだろう。表現する方法を考えるには、二通りあるかもしれない。
1.自身の愛情を最もよくあらわしうる表現方法
2.相手に愛情を最もよく伝えうる表現方法
1の場合。自身の愛情に注視し、「どうすればこの感情を相手に伝えられるだろうか」と考えている。ただ「伝える」のだから、相手に正しく伝わることを真剣に考えるなら、相手がそれを受けてどう感じるのかも考えることになる。
2の場合。これはいわばひとつの求愛行動と考える。相手の歓心を買うことに重きを置くなら、自身の感情と多少のズレがあっても気にしない。
実際の行動において、それぞれを明確に差別することはできないし意味もないが、表現方法を考え直すことで、その目的が明確になることはありうる。※
愛すること自体に目的が存在することは
有り得るだろうか?
個人的には「愛」とは一次感情、とでもいうべきものだと考えるから、それ以前に目的がある場合は、それは愛とは言えないように思える。
ただこれは、「愛」という曖昧な感情に対して抱く、それぞれの想いもあろうから、公平な立場からの判断は難しいかもしれない。
「愛する上手さ」とはなにかという疑問に戻る。
ここまでの検討をへて、「上手さ」の捉え方も
二通りあるように思える。
・「愛する上手さ」とは、
それを相手に上手く伝えることである。
・「愛する上手さ」とは、
その感情と上手く付き合うことである。
前者は表現の巧みさや、「相手がどのように『愛』を理解しているか」を読み取る洞察力のようなものだろうか。
後者は相手を問題にはせず、「愛」という厄介に感じることもあるそれを、生活のなかでどう取り扱うのかを指していそうだ。
といったところです、いかがでしょうか。
コメント
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しれぬ。 投稿者
※また「うちに秘めた愛」というものもあるだろう。ただこれは、相手に伝えないという意味ですでにある種の表現であるともとれる。 さきに述べた愛の類別から、その感情と自身との距離(または意味)も変わるだろう。 容易に生活にとり入れることができ、伝えることのハードルが低いもの、生活に支障をきたし、伝えることが自身(もしくは相手)の人生を変えてしまうようなもの。
ちはやゆ
ちょっと…ゆっくり読みます。
琥珀
実におもしろい