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りら🌙
※「もっとみる」以降内容に触れているため、閲覧注意。
皆川博子さん初読書。今回読んだのは皆川幻想小説の原点というべき作品集。お気に入りは、「人それぞれに噴火獣」と「舟唄」。
私自身がこの世界に異物として紛れ込んだような感覚を常に持って生きているのだが、それが尽く表現されており、ひたすら驚嘆するしかない。どの短編も毒がじわじわと体を蝕むようで、とても一気に読むことはできなかった。
この一冊の通奏低音としてあるのが「離人」だろうか。
本作品で「からだ」は「軀」という字があてられている。これは、「むくろ」とも読める(らしい)。以下の文を見ても、中身としての心や魂と、物質としての軀の区別を強調する意図があるのかもしれない。
危険なのだ、と、心の一部が告げていた。それなのに、軀が動かなかった。心と軀が、ばらばらだった。(「暁神」p.219)
とすると、「風」における「外側だけになってしまった鳥たちに、わたしは、わたしの魂を少しずつわけてやるようになった」(p.8)という部分も、中身と外身が作者にとって重要な意味をもつことを示唆している。
例えば、次の一連の文章。
自分一人のために、千代は、心をこめてコーヒーを淹れる。強い香りと味がひろがるとき、ああ、たしかに、自分の軀がここにある、と感じる。(「舟唄」p.131)
これは、自分だけのために淹れたコーヒーを飲むとき以外では、自分の軀を感じられないということの裏返しだ。「千代が気のいい笑顔でこまめに働いていれば、日常は穏やかに流れた」(p.124)が、木村と話すとき、彼女は「私ね、あやふやなことだらけで…」と語る。つまり、日常において彼女は他者が望む彼女であり続け、その呪縛から逃れることができなかったがゆえに、自分自身を築くことができなかったのだ。それは自分の軀を自分のものと感じられないこと、つまり生きている感覚の剥奪である。
他者からの視線で言うと、蕗子の呪縛。彼女の母親は蕗子を視線で絡め取り、「だめねえ」と烙印を押す。
…しかし、母親がちょっと軀を動かして、一足部屋に踏み込んでくれば、まる見えなので、しじゅう緊張して、気配をうかがっていなくてはならない。(「人それぞれに噴火獣」p.66)
隅々まで母の目が見とおしている家。(「人それぞれに噴火獣」p.89)

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きゃお
文字数すら合ってない…

マリス
国会答弁

五寸カ
#ゴゴボラケ

の

みずや

カラメ

しいな
めんどくさいけどかけるって、、、

ャー

伊弉冉
次々と妹さんデビューしてるの凄いですな

干ピ干
トルンクスとは何ですか?
トルンクスは、特に日本のアニメやゲームの中で見られるキャラクターやモンスターの一種です。以下にその特徴をまとめます。
外見: トルンクスは通常、ユニークでカラフルなデザインを持ち、しばしば可愛らしい外見をしています。動物やファンタジーの要素が組み合わさった姿が多いです。
性格: トルンクスは一般的に陽気で友好的な性格を持ち、他のキャラクターと協力して冒険をすることが多いです。
能力: それぞれのトルンクスには特有の能力やスキルがあり、ゲーム内ではプレイヤーが戦ったり、クエストをクリアするために役立つことがあります。
文化的背景: トルンクスは、特に日本のポップカルチャーにおいて、ファンアートやコスプレの対象としても人気があります。
このように、トルンクスは多様な魅力を持つキャラクターで、アニメやゲームの中で多くの人に愛されています。興味があれば、関連する作品をチェックしてみると楽しいかもしれません!
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りら🌙 投稿者
芸術家である母親にとって、自らが生み出した子どもは自分をすり減らす存在であり、そのことを蕗子に隠しもしない。これにより、自分自身の存在への不安が蕗子を苛んでもおかしくない。だからこそ、蕗子が愛を求めるのは父親、あるいは吉岡だったのではないか。 また、「丘の上の宴会」の雪子は。 ……他人といると、いつも、ぎこちなく芝居をしているように思えた。相手がこうと予想するせりふを喋り、予想する筋書をすすめるのに協力した。きまり文句というのがある。(p.159) 感情が希薄な雪子は、常に演技をし、なんとか他人に紛れ込もうとしている。そして、むしろ、自分の意見を求められることの方を恐れた。
外郎
感想だけでひきこまれたぜ! 他人のことなんか全部理解出来るはずないのに、自分以外のモノを理解し、理解されないと生きられない世の中の矛盾に苦しんでる主人公達って感じ?