共感で繋がるSNS
GRAVITY(グラビティ) SNS

投稿

瑞樹

瑞樹

愛されるって、嬉しいのに何かが怖かった。

愛されるのは、なんだか水を飲む行為と
似ている気がしていた。
生まれた時に予めコップが一つ配られてて、
そこに愛情が注がれていく感じ。
飲み干せば体に巡って、いろんな効果が
あって、至って健康になる。
そしてまた喉が渇いて欲するようになって、
注がれるのを心待ちにする。
これが、よく言われている健康な愛される形。
こうあれると、だんだんと体そのものに
水が蓄積されて、今度はコップにある水、
つまり愛情を他者に手渡すこともできる
ようになる。愛情の循環。そうして相互の
関係値は深まっていく。と、考えてる。

でも、実際にはこんなにうまくはいかなくて。
そもそもコップと水の量は個人と環境、状況
によって異なる。大きすぎたり、穴が
空いていたりしてちっとも満たされない人や
逆に小さすぎて溢れかえってしまう人もいて、
そこに水を注ぐ人の尺度も違う。
愛されている実感が適度なラインで保たれる
ことが中々ないのは、そういう調節の難しさが
あるからだ。

例えば私の場合は、小さくて、少しひび割れ
がある焼き物のコップを持っていて、
ジョウロで四方八方から水をかけられている
イメージになる。なんとなくこれだけでも
愛情を受け取りにくい形なんだな、と
認識する。
そのため愛をきちんと受け取るためには、
きっと受け口を広げるものが必要なのだと
考えられる。

愛され上手な人が、世の中にはいると聞く。
実際その多くは、愛の受け取り方をよく
知っている。活かし方も、知っている。
彼ら彼女らはもしかすると、とても賢い
人なのかもしれない。いや、きっとそうなの
ではないだろうか。

人は愛することによって存続してきた、
と言われがちだが、実際には愛されて
いたから生きようと思えたというのも
重なっていることを忘れてはいけない。
自分に自分が愛されている、というのも
一つ同じ話だ。
GRAVITY
GRAVITY
関連する投稿をみつける
話題の投稿をみつける
関連検索ワード

愛されるって、嬉しいのに何かが怖かった。