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エントロピー
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パパの口癖「これでいいのだ」は、すべての出来事をあるがままに受け入れる「諸行無常」「ありのまま」の悟りの世界を表していると解釈されています。
以下に、バカボンのパパとスッタニパータ(仏教思想)の関連点をまとめます。
1. 「これでいいのだ」=悟りの境地
ありのままの肯定: スッタニパータなどの初期仏教では、理想は「物事にとらわれず、あるがままに生きる」ことです。バカボンのパパは、どんなにめちゃくちゃな状況でも「これでいいのだ」とすべてを全肯定します。これは、良い・悪いという執着から離れた、究極のポジティブ・シンキングといえます。
執着のなさ: パパは執着がなく、過去や未来に思い悩まず、ただ目の前の「今」を生きています。
除をするうちに悟りを開いた「周梨槃特(しゅりはんどく)」がモデルであると言われています。
バカボンのパパが「馬鹿」であることは、煩悩にまみれた世間の常識から外れた、究極の「無我(無心)」の体現者であるとも言えるでしょう。

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もふこ
その場のノリの絶対しようねとか、絶対行こうねの「絶対」は絶対じゃない
でも特に気にしてない
予定が狂っても、なんなら出発してる時点で予定が立ってなくても別に楽しい
放っておいたら多分何年もこれの繰り返し
このテンポ感が合う今の彼氏とは長く一緒にいたい
お互いに死ぬ間際になっても、〇〇絶対行こうね!って言ってると思う
にしても一緒に行きたい場所が多すぎる

みるく
年下彼氏の方が大人すぎてだめだめだなあ
もっと余裕のあるお姉さんでいたいのにうまくできない、

なぎ

ゆた棒
しゅう
「やたらと 自慢話に聞こえてしまう」や
「自慢話・マウントをしてくる」と
強く感じやすい人には
実は 「話される側」の心理の中に
「劣等感・罪悪感」が強く
「自己受容が難しい人々」もいるお話
そして 全く相手が
「自慢する意図・マウントを取る意図」などが
無かったにしても
相手からすると
「自分の劣等感・罪悪感」に
その「話」が呼応してしまって
「受け止める側」で
「ただの話→自慢話」に聞こえる例もある件
このように 相手の話で
たびたび「自慢話・マウント」に聞こえる人は
そもそも
「自分自身の劣等感・罪悪感の強さ」に
あまり気付かず
「自己受容」に問題を抱える人もいると思う話
そして 「自己受容」が出来ている人は
仮に相手が
「自慢話・マウント」をしてきたとしても
自分自身が
「劣等感・罪悪感」を抱えてないので
心理的な「プレッシャー」を感じる事も少なく
ただただ
その「自慢話・マウント」のような話は
「ただ めんどうな興味がない話」と感じる話
そして
「自慢話が嫌・マウントが嫌」ではなく
ただただ
「興味がない話を聴きたくない」という
理解になりやすいお話
らん

あめ

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ま
もちろんじゅりの声が聴けるのはうれしいけどまじで無理だけはしないでほしい。相当開始時間もバラバラだしスケジュール調整厳しいんだろうなというのが想像にたやすい。

ぷちぷ

沙織【

こんぶ
さけさんに会えなかったのが心残り…
自分が今まで学んできたことが間違ってなくてさらに理解の深まるアメリカ留学になりました
やっぱ本場すごい
健康大事にしよっと

まぎし

り。
ともひろさんが大丈夫ですか…喧嘩とかしてない…?って声掛けてくれて
最後まで楽しんでってね〜的なこといってくれて
ホンマにこれやからベーシストはさぁ???(主語デカ)

まぎし
あと目玉焼きがかわいい。
目玉焼きのエレメントを集められるぞ。

クラムボン
後何年生きるかなんてわからないけれど
淡々と粛々と。生まれてきて良かったと
思えますように


ykino@ゆ

ヘビチ
(あっ…あっ…もふもふ…やば…もふもふ…ふぉっwwww)
ハグとか2秒未満に過ぎないのにも関わらず光の速さで脳内がこれをよぎるから申し訳なくなった
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