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kart
最近、音楽評論についてネットで盛り上がっているようですね。恐らく自分と同年代にとっては音楽評論バトルは雑誌位しかバチバチやり合っていなかったし、ネットのお陰で久しぶりに音楽評論を巡ってやり合ってるなぁと見ています。
曲自体の構造や革新性で音楽の価値を語るべきか、曲と社会や時代等の外的な接点で価値を語るみたいな構図ですか。
「外的な論法しか出来ないのは音楽自体を聴く知見が欠如しているからだ」とか「曲を読み解くと時代性等に繋がるだろ」とか「ポピュラー音楽は社会や時代によって意味が変化する」等、様々な意見が飛び交ってますね。
自分は評論家ではありませんので自分の経験からしか言えませんが、大体の音楽好きの方ってこのパターンじゃないですかね。
「この曲カッコいい!素敵!美しい!」そこから曲のルーツを追いかけてみると如何やら昔のミュージシャンに辿り着く。ところがルーツであるミュージシャンを聴くと「あれ?まあ凄いけど最近のフォロワーミュージシャンの方が良いな。でも先駆者として知識には入れとかないとな。リスペクト。→あれ?聴き込むと昔のミュージシャン凄いじゃん!?カッコ良すぎ!」
自分の10〜20代はそんな感じでした。みんなもそんな感じ?
大衆音楽は消費されるものだから時代性もあるし、その時の社会との関わりって大きいと思います。ただ、時代を超えて残っていく音楽は曲の構造的価値があるからでは無く、いつの時代でも社会的な問題から生まれるパーソナルな問題に寄り添ってくれる音楽だからだと思います。
まあ時代が変わろうが人間が抱える問題や悩みなんて根本的には変わらないのだと思うのですよ。
KID Aの発売後に雑誌等で社会的背景について散々言われて来ましたがトムが「だからこれはポップミュージックなんだって」と言ってました。それでもリスナーはポップスとして純粋に聴いていませんでした。作り手がどう言おうがオーディエンスが時代を作ってメディアが盛り上げる。そして起こったムーブメントを次の時代のリスナーが聴いて「へー、最近の曲の方が良いけどねー、まあリスペクトはするけど」が繰り返される。
今の時代ではトムが言っていたようにKID Aはポップスになりました。でもあの時代は音楽以上の価値を放っていたのですよ。
The Whoが「音楽はミュージシャン、オーディエンス、メディアが三位一体になって意味や価値が生まれる」みたいな事を言っていましたが、それが自分的には1番しっくりくる。
音楽単体に価値をつけるのってどうですかね?それだと音楽はAIには勝てないと思いますけどね。
Motion Picture Soundtrack
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オテテナイナイは何のこと?
オテテナイナイは、主に赤ちゃんや幼児向けの遊びや歌の一部で、手を使った遊びを指します。このフレーズは、赤ちゃんが手を隠したり、見せたりする動作を通じて、親子のコミュニケーションを楽しむためのものです。
意味: 「オテテ」は「手」を指し、「ナイナイ」は「ない」という意味です。つまり、手を隠す、または見えなくするという動作を表現しています。
遊び方: 親が赤ちゃんの手を隠したり、見せたりしながら「オテテナイナイ」と言うことで、赤ちゃんは楽しみながら手の動きを学びます。
文化的背景: 日本の子ども向けの遊びや歌の中でよく使われるフレーズで、親子の絆を深める役割も果たしています。
この遊びは、赤ちゃんの視覚や運動能力の発達にも良い影響を与えるので、ぜひ楽しんでみてください!

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