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瑞樹
世界の中で探しても才人と呼ばれるであろう
彼から離れて数日。いまだに記憶が真新しい
ゆえに気持ちは落ち着かない。
そのため一つ、記録と称した分析を行って
みようと思う。もちろん、要因となる彼に
ついて。そしてひいては私が退廃的となって
いた原因を言語化するために。
ギフテッド、という存在であることは初めに
聞いていたが、彼の人生は聞けば聞くほど、
退廃的にならざるを得ない状況ばかりだった。
過ぎた才能は人を集めるが、どんな人かという
部分は選べないようで。私のように恐怖する人
また助けを求める人、打算的な目標を見出す人
狂信的な人、妬み嫉みを持つ人、そして一部
信頼を置けるだけの関係がある人など、多様だ
元々家庭で暴力を受けてきた事実もあってか、
彼は極端な人間不信だとのことで、おそらく
この点に関しては彼の専門知識が心理学全般
だったこともマイナスに働いてしまっている。
言動や仕草で、相手の考えがわかってしまう
らしい。その上IQも高いとなれば、まず
生きにくいだろう。
人間関係に関してはそこまでとするが、
であれば彼の行った経験などはどうだろう。
初めて描いた絵が展示会に載り画家となる、
スカウトされて事務所に入る、詩人として
賞を取る、暇で新種の爆弾を作る、とか。
経歴は意味不明なほどに存在する。
これが19歳だなんて誰が信じるのだろう。
彼は曰く、やると決めたら細部まで行う
たちだそうで、能力相まって大抵のことは
できてしまうとのことだった。
その結果どうなるかというと、飽きる。
まるでプロが世界一を取って燃え尽きる
ように、簡単にトップレベルのものが出来て
やることがなくなるのだそうだ。
人が一生をかけて行うような研鑽がものの
数ヶ月で終わってしまうのは、他者から
見れば羨ましいとさえ思うかもしれないが、
当の本人になって考えると、なるほど少し
想像はつくと思う。
しかも彼は他者に関心がない。論理的である
が故に、感情も届く前に理解してしまい何も
感じることができない。ひたすら好奇心が
終わるまで虚無を突き進むしかない感覚。
その間嫉妬や悪意にも晒されるわけで。
一度彼を怒らせてしまった際に私が聞いた
言葉の中に、今も忘れられないものがある。
「能力も、容姿も、性格も、全部踏まえて
人に何の関心を抱けるのかさっぱり分から
ない。嫌いで嫌いで仕方ないんだよ。
他者から能力があるだとか顔がいいだとか
くだんない印象論で…うんざりなんだよもう」
こればかりは馬鹿な私ですら理解ができた。
これではただの生き地獄のようだ、と。
私は以前まで少しだけ勘違いをしていた。
「もっと能力があれば、楽に生きられたのに
何でもできたらずっと楽しいのに」
何でもできることの理想像だったのだろう。
できる人は、楽でいいなと浅ましくも考えた。
けれど違う。これは、ここまでできてしまうと
もはや苦しいに近い。私ができないなりの
練習の中で感じ取る達成の喜びも、負ける
悔しさも、他者と分かち合う楽しさも、
どこにも存在しないとしたら、一体何の
ためにこんな苦しいことをし続けなければ
ならないのかと思うだろう。
その点私は恵まれていたのだなと感じる
ようになったのである。奇しくも彼の絶望
から学ぶ形で。
退廃的に、目標を立てることもなく私は
生きてきたと思う。目立つ事は抵抗があるし
何かを成し遂げても、どうせいつか死ぬから
とやる気にはなれなかった。
でもそれは、間違いとは言われないものの、
到底人生の楽しさとは無縁の固定観念で
あったのではないだろうか。
彼と数ヶ月間だけ話してみて、関係が切れて
冷静に見返してみてわかった、絶望の原点。
「ラベリングしていた自己の退廃化」
これは、何となく楽しく生きていれれば
それでいい、生きているだけで十分、という
一見ポジティブに見える概念に初めて亀裂が
走った気づきだった。
これは、もはや自分で自分を退廃的にしている
ようなものだ。
許されているはずの自由を自ら手放して、
何もできず何もしない、その上人に興味も
湧かない。生きる気力だけが自然に落ちていく
恐ろしい生き方だと思った。
以前は、すでに退廃化し過ぎていたのだろう
今こうして楽しさを取り戻して見てみると、
世界はそこまで悪いものではないのだ。
しかし。どうしてか疑問が残った。
退廃的ではあったが、私は終始楽観的
ではあったはずなのに、いつのまにか悲観的
になっていたのはなぜなのだろうか。
人生は捨てたものではない。そのこと自体は
分かっていたからこそ楽観的だったのに。
私はふと、彼にずっと恐怖を抱いていた
ことを思い出した。ああ、もしかしてこれは。
私たちは、人に対する価値観が同じようで
あまりに違う存在だった。世界への
見方は常に文言は同じであるのにずれて
いたことは、違和感のようにずっと覚えて
いる。
私も人に関心はほぼない。しかし人間が好き
それこそ他人の嬉しさや時に悲しさも触れる
ことが好きだった。その上で、他者に対する
尊厳的な思いやりという部分での関心のなさ
に悩んでいた。だが、彼の見解として述べ
られるのは、人が嫌いという前提のもので。
人は人に関心がないものだ。人に心の底から
優しくあるというのは意味をなさない。
そのままであることに何の不満がある?と。
きっと、どちらも間違った事は言っていない。
真実自体は伝えているのだから。が、今になり
私は気がつく。
根本的に違い過ぎて、参考にはなり得ないと。
この問い自体、この人にするものでは
そもそもないのである。
今まで散々人が嫌いだと言っている人に
対して、どうしたら無情な倫理観を無くして
人を大切だと思えますか?と。
聞く人が聞く人なら殴られても仕方ない
ことを聞いているのである。もはや煽りだ。
帰ってくるのは当然、彼のこれまでの人生
経験からの返答なわけで。
そして当然のように納得がいかない上に、
途中で聞く彼の感じてきた鮮明な気持ちに
共感して人生が捨てたものだと思うように
なっていく。
彼にも私にも悪気はなかったことだけは
分かっている。
ただ、互いが互いの人生を目に見える形で
削っていた。いつのまにかラベリング
されていたことに気がついたのは、現在
離れたからであって、そのまま話していたら
どうなっていたことだろう。
彼はものすごく親身で良い人だ。それは
間違いない。保証できる。
だが、少なくとも納得はできない。
できる要素を、私は持ち得ない。
人から殴られる経験もないし、妬まれる、は
少しあったが人生を汚されるほどはないし、
人が努力によって能力や美しさを手にいれて
いくのを見てきてその間の葛藤も私は共感
できるからこそ、彼のように価値がないとも
思えない。だから、どこまでも分かり合う
ことはできなかった。
死の淵から救われた際のキーパーソンで
ありながら、私自身のこれからに大きな
影響のあるマイナスの価値観を教わった
ある意味で忘れたいとまで思う人物。
それが彼である。
関わる人によって人は変化する、という
話があるが、本当にそうだと思う。
特に人に対する価値観が合わないまま
関係が続くと、それだけで
退廃的な人生という固定観念が
相互の価値観によって示されてしまうことも
あるのである。
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