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瑞樹
自分を守る防具としてばかり思ってきた
けど、もっと他の面でもおそらくは使える。
一番最初に思いついたのは分析。
人や物事を見る時、知識があるないでそもそも
表面的なものよりも理解が深まっている。
専門家が物事を冷静に考えられるように、
知識には人を落ち着かせる要素がある気がする
もちろん危険を知っているが故に、リスクを
取れるかどうか判断に迷うことはあるだろうが
それ以上に面白さを見出すきっかけになる
はずだ。
他には何だろう。社会的な信頼?
知識を持つということはどこかで他者を尊重
するための要素が付き纏うと思う。知識は
先人たちが築いてきた利益だ。それを貰う
という行為には必ず見えなくとも他者がいる。
他者への感謝というのは絶えないと思う。
これもまた、受け取るタイミングによって
良いとは思えないこともあるが、その納得は
あとからついてくる可能性もある気がする。
知識を得る。
このことに関して、私のような平凡で
経験の浅い世間知らずにはあまりデメリット
は存在していないように思う。これが悪影響
になるとしたら、それは脳の容量的に常に
使える状態にはしにくい懸念がある事くらいか
例えば知識を得ただけで満足していると
運用はしにくいと思う。どれだけ溜め込んでも
知っているだけではただの偏見とさほど変わら
ない。実感を伴って初めて意味を見出せる。
だから、できるだけすぐに他で使う
実体験もあった方が良いのではないか。
活用することが苦手だと知っていれば尚更私は
すべきなのだろう。
山月記の白い虎や山椒魚のようにはなりたく
ないものである。
学ばないのも自己責任だが、学びたい意欲
より快楽を求める気持ちはだいぶ分かる。
楽な姿勢で学んでいないと私自身よく挫ける。
あとから自身の弱さに飽き飽きするものだ。
大抵誰よりも自分が自分を責める。だから
そんな自分を一度でいいから満足させて
見たいなと、そんな希望をいつも抱いてる。
知識を毒だと思っていた時の気持ち、これも
正直言い訳に使えがちだが、時々正しいかも
と思えることもある。日常で一生触れることが
ないかもしれない残虐な行為など、見ていて
気持ちの良くない非人道的行為については
だいぶ知りたくないという気分が多い。
目を背けたくなるものほど記憶に残るから、
たまに心が抉られる。
結果的には知っていても損はない、くらいに
落ち着くが、人間の怖さを知ると、すでに
マイナスが多い私には結構キツイものがある。
あとは、過度な期待や理想が高まるという
真逆の位置の不利益もあるだろうか。これは
それこそ運用次第ではあるけど、個人的に
これも厄介だ。知識として持つと、一時的に
達成感や有能感で何でも実現できると勘違い
してしまうことがある。私は記憶は空っぽ
なので空きがあっても、運用はとことん苦手だ
それこそ不器用であるし、飽き性で、なにせ
コミュ力がない。
となると必然的に手持ち無沙汰になることも
多いわけで。これができてこそ知識なのに。
勿体無いことこの上ないわけである。
おそらくこれも、罪の認識の一部であろう。
しかし持っていて損はない、これはおそらく
私の人生においては確信を持てる。
論理的思考や器用さについては元の性質が
だいぶ力を持ってくる。
変わらず超えられない壁。それこそ天才と
呼ばれる人たちの遊びはここら辺だろう。
だからこそ、私は凡人以下として別の意味で
補う必要がある。感覚と感情と知識そして
行動、これらを束ねて「経験」とすること、
これが武器になると考える。
持てば持つだけ、というものではないが、
ないと困るは持つべきだ。持たない選択は、
現状あまりお勧めできない。
常に新しい情報が入る世の中である。
一つを極めて人生を終えることもある。
であればせめて手元のものくらいは死に物
狂いで受け取りたい物である。
それを受け取ってみて初めて、自分が
不幸であったと思えるか考えたい。
罪深いとは思っている。過去は変えられない
上に、私自身の行動基準は人ではないから。
個人に関心を抱くのは大抵難しい。
まして依存的でないならなおさらだ。
なりたいとも思わない。
あの人も言っていたそれなりに納得する言葉。
「なんで生きてちゃいけないの。そんなん
何もしてこなかっただけじゃんって思うよ」
これに反論できるような人間は少ない。
知ってもなお辛い人間は大抵、欠けた部分が
わかりやすいものである。だからこそ狙われて
汚されてという問題もあるけれど。
全く世の中は妬み嫉みばかりに目が行きがち
である。それはあっても足なんて引っ張る利点
どこにもないだろうに。いや、あるのかな。
私には今は理解しにくい悪意だ。
努力信者になりたいわけじゃない。ただ、
知ろうとすることを馬鹿にされるのは少し
気分が悪い。もっと楽に生きればいいのに
という言葉は、だいぶ嫌いになった気がする。
それはただの主観でしかないから。私の在り方
を否定されているような気がして、なかなか
堪えるものがある。
否定ではなく、ならば無関心の方が私は
好きだ。私は特にその視点が多い。否定する
くらいなら、情報として無関心な方がいい。
そこに意見は持ちたくない。
みんな生きるのに必死なのかもしれない。
人のためになりたい、そう思えるのが美徳
にみえるのも、この状況ならまあ分かる。
でも、身を滅ぼすのは、やっぱり嫌だなあ…。
私もいつか本心から個人を大切に思える日が
くるのだろうか。
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からみだいこん
回答数 11>>

あーる


柚亜
回答数 71>>
↑この動画好きすぎて何回も見てます!!第2弾やって欲しい!!(動画)

黙って俺に投資しろ👉🥦

💚ほたるん🍀

り🏳️🌈⃤
太るというか先に体壊すがきそう
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ぴろし
センコンメイラクの意味は?
センコンメイラクは、主に日本の伝統的な文化や思想に関連する言葉で、特に「先行迷楽」とも書かれます。この言葉は、未来の選択肢や道筋を考える際に、過去の経験や知識を基にして、最適な選択をすることを意味します。
意味の詳細:
先行: 未来に向かって進むこと。
迷楽: 選択肢の中で迷ったり楽しんだりすること。
この概念は、特に人生の選択やキャリアの決定において、過去の経験を活かしながら、より良い未来を築くための指針となります。自分の過去を振り返り、そこから学びを得ることで、今後の選択がより明確になるという考え方です。

ささ
センコンメイラクの特徴について知りたい
センコンメイラクの特徴について説明しますね。
定義: センコンメイラク(選魂迷楽)は、特に日本の文学や文化において、選択や迷い、楽しみをテーマにした作品や概念を指します。
テーマ:
選択の重要性: 人生における選択がどれほど重要であるかを描写しています。選択によって人生の方向性が変わることを示唆しています。
迷い: 選択肢が多い現代社会において、どの道を選ぶべきか迷う様子が表現されています。
楽しみ: 選択の結果として得られる楽しみや喜びも重要な要素です。
スタイル:
文学的表現: 詩的な表現や比喩が多用され、感情や思考の深さを引き出します。
視覚的要素: 絵画や映像など、視覚的な要素が組み合わさることもあります。
影響:
文化的影響: センコンメイラクは、現代のアートや文学に影響を与え、特に若い世代に共感を呼ぶテーマとなっています。
このように、センコンメイラクは選択や迷い、楽しみを通じて人間の内面を探求する深いテーマを持っています。興味があれば、関連する作品を読んでみると面白いかもしれません!

こもり
コイニハッテンシテの意味は?
コイニハッテンシテは、恋愛における発展や進展を指す言葉です。具体的には、以下のような意味合いがあります。
恋愛の進展: 恋愛関係が深まること、例えば友達から恋人になる過程や、付き合い始めた後の関係の深化を指します。
感情の変化: お互いの気持ちが変化し、より強い絆が生まれることを表します。
関係のステージ: 恋愛の段階を示すこともあり、初期のデートから、交際、同棲、結婚へと進む過程を含みます。
この言葉は、恋愛におけるポジティブな変化や成長を強調する際に使われることが多いです。恋愛の進展を楽しむことは、関係をより豊かにする大切な要素ですね。

おしゃ
コイニハッテンシテの由来は?
「コイニハッテンシテ」の由来は、恋愛や愛情の発展を表す言葉で、特に日本の文化や文学において重要なテーマです。この表現は、恋愛がどのように成長し、深化していくかを示すものとして使われます。
言葉の構成: 「恋」は愛情を、「発展」は成長や進展を意味します。これらが組み合わさることで、恋愛が進化していく様子を表現しています。
文化的背景: 日本の文学や歌謡曲では、恋愛の成長や変化がしばしばテーマとして扱われており、特に古典文学や現代のポップカルチャーにおいてもこの概念は重要です。
使用例: 「コイニハッテンシテ」は、恋愛の初期段階から成熟した関係へと進む過程を描写する際に使われることが多いです。
このように、「コイニハッテンシテ」は恋愛の進展を象徴する言葉として、さまざまな文脈で用いられています。

コフィ
コイニハッテンシテはどのように使う?
コイニハッテンシテは、恋愛や感情の発展を表現するためのフレーズです。具体的には、以下のように使われます。
文脈での使用: 恋愛の進展や関係の深化を話すときに使います。例えば、「私たちの関係はコイニハッテンシテいる」と言うことで、関係がより親密になっていることを示せます。
会話の中で: 友達との会話や恋愛相談の中で、「最近、彼との関係がコイニハッテンシテいる気がする」といった具合に使うと、相手に自分の気持ちを伝えやすくなります。
文章での表現: 日記やブログなどで、自分の恋愛の進展を記録する際にも使えます。「この数ヶ月で、私たちの関係はコイニハッテンシテ、より深い絆が生まれた」といった表現が可能です。
このフレーズは、恋愛の成長や変化をポジティブに捉えるためのものなので、使う場面を選んで、感情を素直に表現するのがポイントです。

☺︎ こ
早めに昨日のチェキツイする、✍️

あげく
#BlueOcean

ナビジ

海の京
#となりの人間国宝さん
#七条
子供のころは店を継ぐ気はなかった

現実を
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