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とうふ
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系統迷子

🌻蘭


なーこ
一年前の今日、父が他界しました。
今日まで本当にただの日常を普通に生きてきて
ふと思い出し涙したり
父と一緒に行ったお店や道を見て涙したり
思い出さない時間もあったり
とても感情の起伏が激しかったと思ってます。
母も兄もそれぞれの形で振り返っていたり
考えないようにしていたり
もう忘れてしまっていたりするんだろうと思う。
生前仲が良かったかと言われれば勝手に私が父を嫌って
ずーっと終わらない反抗期を病気が見つかるまで続けていたと思います。
後悔先に立たず
とはよく言いますが、本当に。
日頃から日常を写真に収める癖があったので、生前のしょーもない動画や写真をたまに見返すことができること、過去の自分に感謝しつつも
なんで、もっと、は出てきますね。
まだ一年。
ただ普通の日常を生きることがこんなにも辛いとは思ってませんでした。

テテ・チャン
おもろかった


ドリス
実家は自営業で、一度も実家を出ずに家業を継いだ父の人生なんて当時子供の僕にすら容易に想像出来るくらいに狭い世界で生きてきた人。
表には決して出さなかったけど、そんな父をかなり早い段階から心の中で馬鹿にしていた自分がいたのは確かで、でも進学や大好きだったサッカーを続けていくためにはお金を出してもらわないといけない。だから勉強や練習でクタクタの時に心無いことを言われてメンタルがズタボロになりながらも歯を食いしばって耐えてきた。
僕は勉強もそこそこできたし、サッカーも県の選抜に選ばれるくらいの実力はあった。周囲からの評判も良くて人気者。
父はそんな僕が自慢だったらしい。
でもレールに乗った人生なんてつまらないし、なによりも父への恨みに近い感情がかなり強かった。
大学に進学して視野が広がって、将来やりたいことを見つけた僕は大学を中退して実家を出た。
古着屋の仕事をして、一緒にいる仲間は同業のアパレルの人やDJ、ラッパー、スケーターのイケてる不良の奴ら、仕事終わりにクラブで遊ぶのが日常。
おまけにめちゃくちゃ借金して沢山服買って死ぬほど遊んだ。
仕事は熱心にしてたから、ファッションの勉強はすごくして、沢山お客さんも付いてくれた。
父よどうだ。お前の息子はクズの不良になったぞ。少しスカッとした。本当ならもう二度と顔も見たくない。でも時々駄目になった姿で実家に顔を出すのが気持ちよかった。
でもそんな僕を見て、父は動いた。代わりに借金を全額返済。「金無かったらいくらでもやるから俺に言え」
なんだよ今更父親面かよ。
僕は動揺した。
嫌な物言いや価値観の押し付けは昔と何も変わらない。
でも最近になって初めて父親からの愛を少しだけ感じた。
不器用な奴。最初からそういうの見せろよ。
父が苦手なのは変わりないけど、初めて本質が見えた気がした。
なんでそんな趣味の悪い武装してたんだよ。
悪いことしちゃったな、心配かけてごめん。
でもまだ許せてないや。
これから時間をかけて和解できたらいいな。
それが大人になるってことな気がする。
bell



夢見る機械の修理屋
かつて、我々の祖先は風の匂いで豊穣を予感し、土の温度で種を蒔く時を知った。それは数万年かけて肉体に刻まれた、地球という母体と共鳴するための「野生の暗号」であった。しかし、文明はそれらを「不確かな勘」と断罪し、冷徹な数値に置き換えた。空調の効いた繭の中で、人々は季節を忘れ、五感の解像度は急速に劣化していく。大地と結ばれていた見えない神経は、今や一本ずつ無慈悲に切断されている。
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