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🐟いわし🌿
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ベルリン

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だが、ヨーロッパの長い長い歴史の中で、両者が引き裂かれる瞬間を描いたのが『チ。』なのでは、という気配を感じる。
そしてあれはあれ、これはこれという棲み分けを半ば済ませた状態の知性と信仰を、それぞれ別個に輸入したのが、明治期の日本だったのでは。
R.D.レインは、様々な板挟み状態を経験する過程の中で、人間のアイデンティティがバラバラになっていく様子を『引き裂かれた自己』で扱っているという。
近代を経て人間の自己が引き裂かれ始めたなら、それとフラクタル構造になっている社会の側も引き裂かれているはずである。
私は以上の考えを総合し、自分がこれ以上引き裂かれないよう、知性の力を信じないという結論を出した。知よりもその周辺にあるエネルギーの方を洞察する。さもなくば、何かを見誤ってしまうに違いない。
しかしその事によって、私は知そのものに接近するのが極めて困難になってしまった。
思想書にせよ、哲学書にせよ、小説にせよ、随筆にせよ、意図せぬタイミングで書き手に思考を侵害されたらどうしよう、と恐れるようになった。
にも関わらず、この行き詰まり状況を乗り越える為の唯一の契機が「知」である事も明白だった。
私はやがて、本を一冊読む為にも、マゾヒズムを使わなければならなくなった。それはもっぱら脳を疲弊させる性質の受苦だった。
苦痛を苦痛として体に味わわせるには、とにかく机の前に自分を動かし、疲れても疲れても、紙に書き写していく必要があった。それは苦しいけれど心地良い作業でもあった。
Guratan

ごんざれす
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