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#花彩命の庭 #初投稿 #タスク

花彩命の庭 ― 透明の恋

風が静かに吹き抜けた。
夕暮れの光は淡く、どこか水の底から差し込む光のようだった。

その公園の外れに、誰も知らない小道がある。
草に隠れていて、注意していなければ見落としてしまう。
春人(はると)は偶然その道を見つけ、なんとなく吸い寄せられるように足を踏み入れた。

数歩進むと、空気が変わった。
花の匂いが濃くなる。
次の瞬間、視界がひらけた。

そこは庭だった。

正確に言えば──庭なのに、どこか“現実の庭”とは違っていた。
花たちが色を変えながら静かに呼吸し、
光は花の色と同じ速度で揺れ、
世界そのものが、生き物のように脈打っている。

「……すごい……」

思わず目を見張った春人の前で、
一輪の花がふわりと開いた。
淡い青。
透明な水滴のような色。

その花の前に、少女が座っていた。

背中越しでもわかる。
寂しさを抱えた背中だった。

春人が静かに声をかけようと口を開いた瞬間、
少女は振り返った。
涙をこらえた、かすかな微笑みがそこにあった。

「……来てくれたんだね」

「え?」

「あなたを待ってたの。
 ……ずっと前から」

春人は言葉を失った。
初対面なのに、どこか懐かしい。
胸の奥が、驚くほど自然に反応する。

少女は名を紡いだ。

「私は凪(なぎ)。
 ここは……“花彩命の庭”。
 人が忘れた想いだけが咲く場所」

春人の胸がどくりと鳴る。

「忘れた想い……?」

凪はうなずき、その花をそっと撫でた。

「これはね、あなたの“約束”の花。
 誰にも言わなかった、大切な話。
 でも忘れた。
 ちゃんと覚えていれば、今のあなたは……きっと違ってた」

春人の心臓が強く締めつけられた。
記憶に穴が開いたような感覚が、一気に蘇る。

凪は続けた。

「春人。
 あなたは昔、誰かと“いつか会いに来る”って約束したんだよ。
 叶わなかった、その想いだけが、ここに残った」

春人は凪を見た。
その目は、何か知っているような深さを宿していた。

「……凪。
 もしかして……俺は、君を……」

凪は優しく微笑んだ。
どこか泣き出しそうなほど優しく。

「うん。
 あなたは私と約束した。
 海辺に咲いてた小さな青い花の前で。
 “必ずまた会いに来る”って」

春人の頭の奥で、景色がほどける。
子どもの頃の自分。
青い海。
風に揺れる小さな青い花。
そして──
隣で笑っていた少女。

凪。

だが、その笑顔は突然の事故で
永遠に奪われた。

春人は震えた。

「……君は……死んだはずだろ……?」

凪はゆっくり首を振った。

「消えたわけじゃないよ。
 あなたが“忘れた時”に、ここに咲いたの。
 約束の想いだけが、花になって」

春人は胸を押さえた。
痛いほど悔しさが溢れた。
忘れたかったわけじゃない。
でも、心が耐え切れなかったのだ。

凪はそっと春人の手を握った。
温かい。
けれど、どこか壊れやすい透明さがあった。

「春人。
 今日あなたがここに来られたのは、
 “君を忘れたまま生きたくない”って、心の奥で思ったから」

春人の喉が震えた。

「凪……
 会いたかった。
 本当に……本当に……」

凪は笑った。
涙をこらえるように、光へ溶けそうな笑顔だった。

「ありがとう。
 でも、私はもうここから出られない。
 私は……想いの形だから」

春人は凪の手を強く握る。

「じゃあ、俺がここに残る。
 君と……一緒に……」

「ダメだよ」

凪は首を振り、手を離した。
春人の手には、青い花弁が一枚だけ残った。

「あなたには世界がある。
 未来がある。
 私はその未来に連れていけない」

「でも──!」

凪は静かに微笑む。

「“約束を果たすために来てくれてありがとう”。
 それが言いたかったの」

庭が揺れた。
花々が風を抱き、光がきらめき、
凪の輪郭が少しずつ薄くなる。

「凪……やめろ……!」

春人の叫びは届かない。
凪は透明な花弁のように、空気へ溶けていった。

最後の瞬間、
口の動きだけで言葉がこぼれた。

──好きだったよ。

春人は青い花弁を胸に抱いて、
崩れるようにその場へ座り込んだ。

涙は止まらなかった。
ただ、胸の奥の何かが確かに温かくなっていた。

凪が残した、
たったひとかけらの想いの光。

風が吹く。
花が揺れる。
庭の出口が静かに開く。

春人は涙を拭き、
その光へ向かって歩き始めた。

胸の奥に、
もう二度と薄れない青の記憶を抱えたまま。
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