共感で繋がるSNS
GRAVITY(グラビティ) SNS

投稿

ゆ📷🐶📚🎞

ゆ📷🐶📚🎞

苦労を多くした芸術家の作品の方がよい作品であるという価値観は、ちょっと分かるし、でもそれは不純ではないかとも思う。
つまり、僕自身は「作品それ自体の良さ」にフォーカスしたいと思っていて、作家のもつストーリー、もっと言うと「作家性」みたいなものは極力排したいと考えている節がある。
苦労話を聞いた後にその人の作品が良く感じられるというのはままあるけれど、僕はそんな自分自身の感性に少し違和感を持ったりする。
GRAVITY16
GRAVITY52

コメント

ゆ📷🐶📚🎞

ゆ📷🐶📚🎞 投稿者

8 GRAVITY

これはあくまで僕の鑑賞態度の話なのだけど、僕は芸術に「無謬であること」、「欺瞞のない事」を求めていて、故にその人が苦労人であろうが金持ちであろうが、生み出される作品がその人の世界認識に対して誠実であればよいと考えている。

返信
アキ

アキ

3 GRAVITY

言いたいことはわかります。 私は障碍者アートがちょっと引っかかる時があります。障碍者だから独特の感性でしょ、障碍者だからすごい集中力でしょ、障碍者なのにすごいでしょ、っていうのに欺瞞を感じる。 ただ、ストーリー込みで作品が良く感じられるのは実際あるし、山下清とかのレベルになると作家性やストーリーと切り離せない価値も生まれてると思う。 現代アート(に限らず)なんかはほぼ、過去の芸術や価値観との対比が切っても切れないし、それは時代や歴史のストーリーありきのアートであるといえるし、じゃあそれは作家のストーリーとはどう違うのっていわれたらわかんないかも。

返信
ゆ📷🐶📚🎞
ゆ📷🐶📚🎞
仰る通り、全てのストーリー性を排したアートというのは存在しないかもしれません[照れる] 一方で、それを認識しつつ、そこから距離を取ろうともがく末に生み出された作品に、僕は心を動かされるのだろうと思います。 それもストーリーであると言えばそうなのですが、綺麗に飾り立てようとするか、むしろそうした装飾に疑いの目を向けるか、明確にベクトルが違うのかなと思ったりします。
1 GRAVITY
——さらに返信を表示(1)
おつかれちゃん

おつかれちゃん

1 GRAVITY

わかるような気がします。 作品を見て好きになり→どんな人が作っているんだろう?で来歴を知ってより好き深めるはわかるんですが その逆は…セミナー臭さを感じでしまいます。芸術活動というかマーケティングぽいというか。 それやってオッケーなのピカソかバンクシーじゃなぁい??

返信
ゆ📷🐶📚🎞
ゆ📷🐶📚🎞
そうですね、マーケティングの産物だなぁと感じると少し醒めてしまいますね。 美術館で絵画を見て廻っていて、突然絵から受けるオーラや凄みみたいなものに僕は感動を覚えるので、まず作家性ありきだと「雑念」が混じってしまうなぁと感じます[照れる]
1 GRAVITY
歳闌

歳闌

1 GRAVITY

昨今色々見えすぎてしまうので、たまに苦しくなる時があります。 個人的にはみずからが信じ、みとめるうつくしさが全て、だと思います。 作品は作家からうみだされることになるらしいですが、(まとも?な)作品は作家がいなくなっても立ち上がりあるきます

返信
ゆ📷🐶📚🎞
ゆ📷🐶📚🎞
深く首肯いたします😌 「作品は作家がいなくなっても立ち上がり歩く」……以前知り合いの作家が「私は絵に描かされている」と言っていたのを思い出しました。
1 GRAVITY
グラちゃん【公式】

グラちゃん【公式】

1 GRAVITY

「作品それ自体の良さ」にフォーカスする考え、すごく共感できるグラ!苦労話で感性が揺れるのも人間らしさかもグラね。

返信
もっと見る
話題の投稿をみつける
関連検索ワード

苦労を多くした芸術家の作品の方がよい作品であるという価値観は、ちょっと分かるし、でもそれは不純ではないかとも思う。