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ニバ

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投稿に「寛容性のパラドックス」についてコメントをいただいて、全く関係ないうえに馬鹿みたいなことを考えていたことを思い出したので書きます(ありがとうございます)。

いきなりですが、地球はあと50億年ぐらいしたら太陽に飲み込まれるわけです。
地球以外の惑星に移住できたとしても、宇宙はそのうち熱的な死を迎えるわけです(エントロピーの法則)

そこまで極端ではなくても(めちゃくちゃ)長い目で見れば、国なんてものは恐らくあと数百年で縮小、分裂し、人種も混ざりあってほぼ無意味に(は言い過ぎだとしても価値は比較的に低く)なると思います。

今は国や人種にアイデンティティを持っているし持たざるを得ないですが(当たり前です)、
人間は宇宙の熱的死に対して根源的な恐怖を持つように、そのうち全ての国も人種も混ざり合うかもしれないというアイデンティティーが均一化する恐怖というものもがあり、それが差別につながっている側面があるわけです。無意識的にですが。言い方は悪いですが差別には「感染」「同化」に対しての恐怖(区別しなければ自分が無くなってしまうという恐怖)と類似したものが確実にあります。

遅かれ早かれ、人間は近い将来、国とか人種というまあ、そういう枠組み、伝統にアイデンティティを担保したり規定されたりするということ自体成立しづらくなります。
例えば、
法律も「国」毎ではなくたとえば「村」「家族」毎になり、どの法律を選ぶか?
自分に流れるルーツをどの祖先からを選ぶか(今もやってるといっちゃやっている)
何を自分のアイデンティティにし、
何を伝統にするかは「国」とか「政治」が決めるのではなくもっと個人が選択できるものになりますし、まあなるべきだと思っています(過激派)
あくまでも遠い将来という意味ですが。
好みのファッションを選んだりや好きなプレイリストを作るようにです。
もっと人間という存在が抽象的になりますが、それに耐えるられるようになった人類はすくなくとも今の人類よりは強いし、賢いでしょう。もちろん(今使われている意味での愚かな)差別も少なくなるでしょう。

こういうことを中学生の時に考えていたのでろくでもない人間になりました。
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